ようやく気が付いたかもしれません。
私が目指す道についてです。

少し前から気が付いてはいましたが、私は人の上に立って大きなことなど出来ません。
そして、コツコツと努力を重ねて誰にも負けない職人になることもできません。
わがままで、気ままで、結構短気なところもあります。

私は自分が起業して、自由に誰からも命令されないで生きて行きたいと思っていました。
それは、今でも持ち続けていますが、実力を発揮できる場所は違うような気がします。

すでに大阪にて商売の準備が進み、4月にはチャーシュー専門店を開業し、せっせと、おいしいチャーシューを作ることになるのですが、天のお導きがありました。

勝手な妄想かも知れませんが、私は日本とフィリピンの架け橋になることこそがわが人生の最大の目標と定めて、ここ数年やってきました。

しかし、自分で飲食店として起業することがうまくできずに、小さいネットカフェだけ始めて、それもたいした成果を挙げられないまま日本に戻ってきました。

それから大阪で要介護の母の面倒を見ることになり、現在も具合の良くない母と妻と3人で暮らしています。



3年くらい前に、フィリピンに住んでいる私の元にある日本人が訪ねてきました。
きっかけは、こんな思わせぶりなメールでした。
メールを送信したのは、私の元上司で、今では大成功しているお金持ちからでした。

「元気ですか? 実はお願いがあります。 私の知り合いで○○さんという独身女性がいるんですが、
君が、フィリピンでがんばってると言う話をしたところ、君に会いたいからフィリピンまで行くと言い始めました。 ちなみに君には奥さんがいることも話したし、お金もないことも言いました。写真も見せて、デブなのも教えました。でも、どうしても会いたいそうなので、会ってもらえますか?」

私は驚きました。
東京から女が一人でマニラまで私に会いに来るなんて、どういうことなんでしょうか?
喜ぶこともなく、私はその女性の連絡先を聞いて、自分からメールしました。
「ご用件は何でしょうか? マニラまで来るなら迎えにいきますよ。」

私の恩人からの紹介ですので、断ることはありえませんし、本人からもメールが来て、「とにかく会って話したい」と言うことでした。

妻に話したら、怖い顔になって、「誰だよ、その女? 迎えに行くなら私も行くから」と言うことになりました。

実は、要約すると、その人は事業を失敗して借金を抱えて自殺未遂までして、男に捨てられて、という大変な苦労をした人でした。
私の恩人がその彼女を助け、励ましているとき、私の話が出たそうなんです。

「俺の知り合いで面白いやつがフィリピンにいるんだよ。
そいつも大阪で事業を失敗して、やくざに監禁までされて、大変で、その後、単身横浜にいき、ラーメンを覚えて自分の店を持ち、すごいおいしくて、弟子もいっぱい出来たのに、今はそれも人に譲って、今度はフィリピンで成功したいと、コネもないのに行っちゃった行動力だけはあるやつなんだよ」

こういう風に聞いて、私に会いに来たのでした。
私には彼女にたいしたアドバイスも出来なかったのですが、彼女は大変勉強になったと言ってくれて、ホッとしました。

マニラで妻と2人で出迎えた、細身の女性は気さくな方で、おそ松くんに出てくる有名なイヤミの妹かと思うような外見をされていました。
妻は「勝った」と、思ったのか急に上機嫌になり、私は「シェー!」と言いそうになりました(爆)

でも、そのNさんという女性はすごい方でした。
自殺未遂して、生死をさまよい、戻ってきたそうですが、戻ったときに不思議な力を授かったそうです。

霊視とか、人の未来が見えるとか、胡散臭いことを言っていました。
私は、ひねくれ者なので、「じゃあ、私が何に悩んでいるかわかりますか?」
と聞いたんです。

彼女は少し考えてこう言いました。
「もしかして、失礼だけど、子供が出来にくい人なの?」
と言われて、大変驚きました。
大正解だったのです。

それで、彼女を信用して、私は別の相談をしました。
「実は、今、不動産屋の人が飲食店にばっちりの物件を紹介してくれたんです。 その店を見て繁盛するかどうか見てください」
彼女はあっさりと、「はい、行きましょう」と言い、車で向かいました。

そして、空き物件の場所に着いて、彼女は無言でその店を見ました。
「ここはとてもいい場所です」と言う返事を私は待っていました。

ところが、返事は意外なものでした。
「ここを、本当に貴方に貸してくれるんですか?」
「ええ、もちろん。 不動産屋さんが紹介してくれたんですよ。」
「あ~ そうなんだ。 私には、ここは空き物件じゃないと言う答えしか見えません。 たぶん貸してくれませんよ。」

不動産屋に電話して彼女の言ったとおりに言うと、その営業マンは吹き出して「冗談じゃない、私がそんないい加減な物件を紹介しませんよ。今すぐ、オーナーに再確認します」
と言って数分後に返事が来ました

「ソーリー オーナーの気が変わって、あそこは貸さないと決めたそうです。でも、何で知ってたんですか? 不思議がっていましたよ。まだ誰にも言ってないのに?って」

私は念願の物件が借りられなくなったことより、この魔女のようなイヤミのような女性のすごさに驚きました。


非常に前置きが長いですが、そのとき、彼女が私に言ったのはこういうことでした。
3年前ですが、はっきりと覚えています。

「貴方は、フィリピンで飲食店を開業するのはかなり難しいと思います。3年は難しいと思います。
それに、貴方の性格は、職人さんではありません。 貴方が向いている仕事は、ガイドとか、誰かをエスコートしたり、グループに誘ったりすることですよ。 相当実力がありそうです。 自分一人じゃなくて、誰かのサポートとか、そんな仕事ですよ。」

と言われてがっかりしてたんです。
3年たって、思い出しましたが、私がチャーシュー屋をやるよりも、フィリピンに行き、いろんな人と人をつないだり、日本から誰かをフィリピンに、または逆に連れて行ったり来たり、するような仕事をやりたいと思いはじめました。

誰かのサポートしたり、縁の下の力持ちが天職なんでしょう。きっと、そうなります。
フィリピンのラーメンコンサルタントの仕事はまさにそうです。

もうひとつのフィリピンの仕事はさらに大きな夢があります。
サポートに徹して、自分は裏方かもしれませんが、会社にとって必要な人材になり楽しい仲間を集めたいと思います。

きっと、風がそういう向きに吹いて、近い将来そうなっていくと思います。
チャーシュー作りは楽しくやります。
どこにも負けないおいしいものづくりをしながら、きっとやってくるタイミングのときに動けるように準備しようと決めました。

生きがいを見つけてがんばれたら幸せでしょうね。
そうなれるように努力を惜しまず1歩1歩進みたいと思います。

しかし、すんごい予知能力です。 まだ外れはありません。

また、Nさんに会いたいな。
フィリピンで有名なバクララン教会で幼きイエス像の足元に触れ、「あっ この中にちゃんと魂があるよ。すごい、本物だ、ここ。」と言いました。
私が行くといつも、涙が出そうになる場所です。
やっぱり、そうなんだ。  なんかうれしかったです。


明日から母の精密検査が始まります
ずいぶんと、あちこち悪いのですが、どうなることでしょうか。


なるようにしかなりません。
結果が出る前に落ち込むのは馬鹿です。
前向きにシェー!! がんばるざんす。