小さいころから、
ヨーグルトは"これ"
っていうのが子どもたちにはありまして、
それを特性の"こだわり"だと信じていました。
だから、旅行にもいつもと同じヨーグルト。
実家へ帰省しても、やはり同じヨーグルト。
先日、実家へ帰省し泊まった次の日の朝。
『かあさん、ヨーグルトある~?』
と長男。
用意してませんでした。
なくても大丈夫かな~という予感も少しあり…
すると、
『これしかないの?なら、今日はいいや。』
と長男。
あっさりね。
ということは、
ヨーグルトは"これでないとダメ"という、こだわりを作ったのは母だったのです。
特性によるこだわりは勿論ありますが、
親や周りが作り出すこだわりもあるそうです。
なくてもいいのに、
これでなくてもいいのに、
『これがいるんだよね~』
とお膳立てしちゃってました。
それこそ、本人に選んでもらえばいいわけで。
一番してはいけない、"よかれと思う支援"をしてませんか?
最近、動く前に子どもたちに尋ねることが増えました。
『どうする?』って。
すると、意外な答えがかえってきて、
へぇ~と思ったりします。
幼児期は、確かに周りも自分自身のこともわかっていなかったから、
お膳立てすることばかりでした。
でも、子どもたちの成長に合わせて、
親の対応も変えなきゃいけない。
親だけ変わらないままじゃ、
大変な思春期、反抗期に入ってしまいます。
気づけて良かったぁ~と
思います。
ヨーグルトは"これ"
っていうのが子どもたちにはありまして、
それを特性の"こだわり"だと信じていました。
だから、旅行にもいつもと同じヨーグルト。
実家へ帰省しても、やはり同じヨーグルト。
先日、実家へ帰省し泊まった次の日の朝。
『かあさん、ヨーグルトある~?』
と長男。
用意してませんでした。
なくても大丈夫かな~という予感も少しあり…
すると、
『これしかないの?なら、今日はいいや。』
と長男。
あっさりね。
ということは、
ヨーグルトは"これでないとダメ"という、こだわりを作ったのは母だったのです。
特性によるこだわりは勿論ありますが、
親や周りが作り出すこだわりもあるそうです。
なくてもいいのに、
これでなくてもいいのに、
『これがいるんだよね~』
とお膳立てしちゃってました。
それこそ、本人に選んでもらえばいいわけで。
一番してはいけない、"よかれと思う支援"をしてませんか?
最近、動く前に子どもたちに尋ねることが増えました。
『どうする?』って。
すると、意外な答えがかえってきて、
へぇ~と思ったりします。
幼児期は、確かに周りも自分自身のこともわかっていなかったから、
お膳立てすることばかりでした。
でも、子どもたちの成長に合わせて、
親の対応も変えなきゃいけない。
親だけ変わらないままじゃ、
大変な思春期、反抗期に入ってしまいます。
気づけて良かったぁ~と
思います。