倫忠が2~5歳のころは、多動傾向がひどい時期でした。

勝手に外へ出る。
ひたすら田んぼのあぜみちを歩く。振り向きもせず、まっすぐ。
駐車場で、白線の上をひたすら歩く。車なんて視界になく。
外出先から車に乗れず、ひたすら付近をうろうろ。ところ構わず。

とにかく、何かにとりつかれたように、ひたすら歩き回っていました。

雪が降ると思い出します。

療育から帰るのに、車に乗ることができず、施設の駐車場をうろうろ。
次第に雪が降り始めました。
それでも帰る気配は全くなし。
ひたすらフェンスに沿って歩く歩く🚶

囲いや線など、まっすぐ続くことに安心するようなんです。
だだっ広い場所は、何を頼りに、どこを歩けばいいかわからないから。
でも、フェンスや線があれば、それに沿って行けばたどり着けますからね。
だから好きなんです。

ま、理由はさておき、当時の母さんは寒くて参りました😅

無理やり連れて帰ればいいのだけど、そうすると後が大変で、それを考えると、無理やり連れて帰ることはできませんでした。
大変というのは、次の行動に移れない、ということです。
今している行動を強制終了してしまえば、本人の中で終わったことにならず、次の行動に移れないのです。

だから、ひたすら待ちました。
待ち続けました。気がすむまで歩き続けて、私のところに帰ってくるのを。

雪が降る中、待ち続ける私を見た、療育の臨床心理士の先生に泣かれたことがあります。

そのとき、そっかぁ、周りから見たらそんな風に見られてるんだ、って思いました。

もちろん、もうイヤだ、とか思っただろうし、心で泣いていたかもしれません。

でも、幸いなことに忘れちゃいました‼

しんどかった思いや涙の上に、今わたしは立っています。
それを背負って生活しています。生きています。
だから、今があるんだな…と思うと、そんか思い出もいい思い出です(*^^*)