会社復帰(2006.12月)から1年後の去年の12月頃、
またも腫瘍マーカーが2倍以上にはね上がってしまいました。
一喜一憂してはいけない!
分かってるのに、
またもショックを受けてしまいました・・・。
「会社なんてもういけない・・・」
ってはっきり言えば会社なんてどうでもよくなっていて、
そのままよからぬことばっかり考えては、
今日もいけない、明日もいけない・・・と、
会社に行けなくなってしまいました。
これも全て、自分が甘くて弱いからです。
そのうちに、
何も知らない事務所の人々に顔が合わせられなくなってしまって・・・
そうこうしてるうちに、2007年は終わりを告げて、
2008年を迎えていました。
年始早々に診察を入れてもらい、
その時のマーカーは微量下がっていました。
「また早とちりなのか??」
もはやこれは私の心の弱さからくる不安で、
腫瘍マーカーが指標にならないことも、
確実性も確かではないことも、
十分分かっていても、
やっぱりどうしても、気になってしまう。
きっとこれから先も、
一喜一憂して不安定になるに違いない。
私一人のために、
みんなや、会社を振り回してはいけない。
と思い、
退職を決意しました。
2008年2月末日退職しました。
こんなわがままな、いち社員のために、
戻れるまで待っていてくれて、今まで通りにしてくれた会社に、
心から感謝しています。
なぜ、退職が2月の末になったかと言うと、
マーカーがあがってへこんでいる私に、
会社に自分の居場所があるだけで、心の支えになるのではないか?という
会長の心遣いがあり、
実質12月半ばから出社してなかったけど、
籍だけはおいてあったからです。
会社に1年間復帰できていろいろありましたが、
みんなの中にいる、
日常の中に過ごしている、
がん患者の自分というものに、
随分と慣れることが出来ました。
術後間もない時は、
街に出れば、
「私はみんなと違うんだ」
「この先が見えなくて、何でここにいるんだろう。」
「わたし癌患者なんだよね・・・」
って、
頭の中でぐるぐるそんなことばっかり考えては、泣けてきたり、
時には、
自分の運命に腹を立ててふてくされたりもしました。
退社して、
そんな思いも
自分の中で、小さく小さくなっていることに気づいて、
たとえ1年間だけだったかもしれない、
でも、大きな1年だったと、思えるものでした。