稲川会系暴力団は、田中角栄が死に絶えても稲を看板にして米農家百姓丸出しの新潟県などとつながっているフリしている百姓一揆軍です。顔も名前も知らない連中です。壬生町に事務所はないけど壬生町のことなんです。
2008年に、母親劇団員の石井好が、突然、サーパス今泉にやってきて「保険証を持て。皆藤病院に行くから。綱島医院に紹介状を書いてもらうから」って言うんです。
皆藤病院には精神科と内科と歯科と色々あるんです。当時はそんなこと知らないですよ。石井好のこと追い出して玄関で蹴っ飛ばしたんですよ。
綱島医院に紹介状を書いてもらう
頭を抱えながら一方的に言いました。
ツナ缶です。田中角栄のこと米より豚にしたようにツナ食べさせてなんとかしようと思う稲川会系です。ツナ売れたら稲川会が売れたことにしようとするのが稲川会系暴力団です。
いつからか、石井好が、豚の生姜焼きを作って食べさせてたから、普通に豚の生姜焼きってどの家も食べてると思っていました。スーパーの豚肉に「生姜焼き用」ってありますよ。
同じようにツナサラダもみんな食べていると思っていました。2008年頃、私がツナを食べていたか覚えていないけど、サラダってツナがつきものみたいに習慣づけられていたんです。親がそうならそうなっていましたよ。
新潟県の百姓に頭が上がらない石井好に命令し(新潟県の幼なじみ劇団員の明治大学卒業の百姓鈴木という金持ちに電話させて)私のことを綱島医院に一方的に無理矢理でも連れて行かせることなんです。皆藤愛子が売れて見えていた時です。ニセ警察官やる芸能界にはつながっていないです。百姓です。農家です。
石井好は、ツナが関係するとは知らないです。
それよりも15年以上前、私が独身で医学生達と別れて一人でいて中学校の同窓会で幼なじみ達と再会して、親しい幼なじみ男子数人と飲んでた時
ある幼なじみが
「こんなのもらっちゃったよ。」ってチラッと名刺を見せてきたんです。安塚小学校一年生の時にはアメリカンドッグの棒を食べ終えたから見せただけなのに、泣かせてしまい先生や大人たちに叱られた石井真由美ちゃんに見せてきたんです。
稲川会
誰々
という名刺でしたよ。ダサい家紋?みたいなのがありました。
私は注射が大嫌いだったんです。私も食べましたけど、その棒のとがった方を私にむけたから泣いたんです。いじめられて泣いていないんです。農家じゃないことが有名な家柄なんです。田舎っぺでもないんです。いじめてくる人じゃないってわかっているから泣いてしまうんです。周囲の大人がその二人を見つめているなんて知らないんです。仲間に涙を見せているんです。
現在の稲川会系暴力団のWikipediaには、こうです。
高橋匡くんとの思い出は、安塚小学校3年生の時のことなんです。私は東武線に一人で乗って宇都宮市の絵画教室に通っていました。いつもは平日じゃないんです。
ある日の平日、小学校の授業を早退することになってたんです。絵画教室に行くためです。高橋匡くんが、教室の壁に貼られた私の絵を(こんなものー)って感じではがして泣きながら「俺も行きてえよぉ〜」って言ったんです。号泣していたんです。
私は自分のその絵になんの気持ちもないから傷つかないんです。そんなに泣くほど絵画教室に行きたいの?なんで?って思ったことなんです。
ずっと忘れないんです。
安塚小学校1年の時に同級生だった鈴木仁子(ヒロコ)は、どこか別の絵画教室に行ってたらしいんです。私に威張りました。「パレットの洗い方教えてあげるから」って一方的に近づいてきて威張って言いました。挑戦的な言い方することなんです。「教えてあげるからナンタラカンタラ」わけわからないこと威張って言ったことなんです。お金持ちだって有名だったんです。鈴木仁子の母親は安塚小学校教員だったんです。
高橋匡くんのお父さんが安塚小学校教員だったんです。
なにかあるんです。貧乏させられてるのに安塚小学校教員って金儲けしているっていじめられていたとか?なんです。お母さんが働きたいけど働けないとかなんです。
