🍳『TKGたあくん酒BAR』

第25話
「メーカーズマークと、ベーコンエッグライス」
著:兎羽流葉(うぱるぱ)🪶


深夜1時46分。
店の外を、
一台のバイクが通り過ぎた。
エンジン音が遠ざかる。
その後には、
いつもの静けさ。
カウンターの上で、
氷が小さく鳴っていた。
「TKGたあくん酒BAR」。
今夜も、
誰かの一日が終わる場所だった。
カラン。
扉が開く。
入ってきたのは、
五十代半ばの男性。
少し白髪の混じった髪。
革ジャン。
大きな手。
そして、
少し古い革の財布。
「いらっしゃい。」
たあくんが声をかける。
男性は店内を見回しながら言った。
「ここ、卵の店?」
「一応、BARです。」
「一応?」
「卵がかなり強いBARです。」
男性は大笑いした。
カウンターへ座る。
「今日は何を飲みます?」
男性は酒棚を見る。
そして、
赤い封蝋のボトルを指差した。
メーカーズマーク
たあくんがボトルを手に取る。
「バーボンですね。」
「昔、親父が飲んでた。」
「じゃあ、これで。」
グラスへ注ぐ。
琥珀色。
バニラ。
キャラメル。
少し甘い木の香り。
男性は香りを嗅いだ。
「……親父の匂いがする。」
たあくんは、
何も言わずにグラスを置いた。
厨房から、
ジュウゥゥゥ……
ベーコンを焼く音。
卵を割る音。
バターの香り。
男性が振り返る。
「何ですか?」
「今日のおすすめです。」
フライパンへバター。
ベーコン。
ご飯。
醤油をほんの少し。
最後に目玉焼き。
黄身は半熟。
白身の端は、
カリッと。
「ベーコンエッグライスです。」
男性は笑った。
「TKGじゃないじゃん。」
「卵が乗ってるので、
ほぼTKGです。」
「ほぼ?」
「たあくん基準です。」
男性はまた笑った。
箸を入れる。
黄身が崩れる。
ご飯へ流れる。
ベーコンの塩気。
バターの香り。
醤油の焦げた香り。
一口。
男性は、
しばらく黙った。
「……。」
「戻ってきてください。」
男性は笑わなかった。
ただ、
もう一口食べた。
そしてメーカーズマークを飲んだ。
「親父がな。」
男性が話し始めた。
「これ、
よく作ってくれたんだ。」
「ベーコンエッグライスを?」
「いや。」
男性は少し笑った。
「親父は料理なんかしなかった。」
たあくんが首を傾げる。
「じゃあ?」
「俺が作ってた。」
カラン。
氷が鳴る。
「子供の頃、
親父が夜勤だった。」
「はい。」
「俺が腹減って、
自分で作った。」
男性は皿を見つめる。
「ベーコンと卵とご飯。」
「それが最初の料理だった。」
男性は、
財布から一枚の写真を取り出した。
少し古い写真。
若い頃の男性。
その隣に、
白髪の父親。
二人とも、
少し不器用な顔で写っている。
「親父、
去年亡くなったんだ。」
たあくんは静かに聞く。
「最後に病院でな。」
男性は笑った。
「何食いたいって聞いたら、
『卵』って言った。」
「……。」
「俺、
作れなかった。」
店内が静かになる。
ジャズだけが流れていた。
たあくんは、
フライパンを洗いながら言った。
「料理って。」
男性が顔を上げる。
「食べる人がいるうちに作るものでもありますけど。」
「はい。」
「いなくなってから、
もう一度作るものでもあるんですよ。」
男性は黙った。
「味は、
記憶の中に残ってますから。」
男性は、
残ったベーコンエッグライスを見つめた。
そして、
ゆっくり箸を動かした。
「……親父のより旨い。」
たあくんが笑う。
「それは良かった。」
「でも。」
男性は少し笑った。
「親父に食わせたかったな。」
深夜2時32分。
メーカーズマークの甘い香り。
バター。
ベーコン。
卵。
その夜のBARには、
父親の記憶が静かに漂っていた。
男性は最後の一口を食べ終える。
「明日。」
たあくんが顔を上げる。
「家で作るわ。」
「ベーコンエッグライスを?」
「うん。」
男性は少し笑った。
「親父の分も。」
たあくんは、
何も言わずに頷いた。
カラン。
扉が閉まる。
たあくんは、
空になった皿を見つめる。
そして、
小さく呟いた。
「……卵って、
不思議だな。」
誰もいない店内に、
その声だけが残った。
🪶 うぱるぱのあとがき
メーカーズマーク。
赤い封蝋が印象的なバーボン。
バニラ。
キャラメル。
少し甘くて、
どこか温かい。
今回の料理は、
ベーコンエッグライス。
料理というほど難しくない。
でも、
こういう料理が一番記憶に残る。
卵。
ベーコン。
ご飯。
バター。
醤油。
それだけ。
でも、
誰かが作ってくれた記憶があれば、
それはもう特別な料理になる。


兎羽流葉🍁のあとがき
今回のテーマは、
「受け継ぐ」
でした。
レシピは、
紙に書かれなくても残る。
誰かの手から、
誰かの手へ。
そして、
次の世代へ。
著:兎羽流葉🪶
🍳 レシピメモ
「ベーコンエッグライス」
材料(1人前)
  • ご飯 1膳
  • ベーコン 3枚
  • 卵 1個
  • バター 10g
  • 醤油 小さじ1
  • 黒胡椒 少々

作り方
① フライパンでベーコンを焼く
② バターを加える
③ ご飯を入れて軽く炒める
④ 醤油を少量たらす
⑤ 別で目玉焼きを作る
⑥ ご飯に目玉焼きをのせる
⑦ 黒胡椒を振る
コツ
目玉焼きは半熟。
黄身をご飯へ崩す瞬間が、
この料理の完成です。
合う酒
🥃 メーカーズマーク
🥃 フォアローゼズ シングルバレル
🥃 ウッドフォードリザーブ


📚 第25話 たあくん語録
「レシピは、紙よりも人の記憶に残る。」
「父が作れなかった料理を、息子が作る。」
「卵とベーコンとご飯。
それだけで、家族の味になる。」
🍳 次回予告
第26話
🥃 バランタイン17年
🍳 ふわとろ親子丼
テーマは――
「定年後の夫婦」
長い人生を共に歩いた夫婦が、初めて別々に過ごす夜。
その夜、たあくんが作る一杯の親子丼とは。
次回は**第26話「バランタイン17年と、ふわとろ親子丼」**を、これまで通り「来店客の人生+酒のうんちく+レシピメモ+うぱるぱあとがき」で続けます😊
ほな、またーくんニヤリニヤリニヤリ
to be continue