2012年、お正月。
いつものお正月ならだいたい旅行に行っている我が家。
12月に眼球摘出した義母を見るため、この年は自宅にて年越し。
まだ始まったばかりの介護。
いつまで続くのか。
できないことはどれくらい増えていくのか。
日々募る不安と苛立ち。
旦那は義母宅で寝泊まりしているので話し合いもできない。
そんな頃。
居間でテレビを見ていた義母、旦那、息子。
面白いテレビ番組だったようで、時折笑い声。
私は扉を隔てて、台所にて食事の片付け中。
そんな時、ふと顔を上げるとちょっと目眩がして、よろよろと椅子に座る。
「私がこんなんなっても誰も気づかん。このままここで死んでも誰も気づかんのか。」
……もう気持ちはどん底。
いつものお正月ならだいたい旅行に行っている我が家。
12月に眼球摘出した義母を見るため、この年は自宅にて年越し。
まだ始まったばかりの介護。
いつまで続くのか。
できないことはどれくらい増えていくのか。
日々募る不安と苛立ち。
旦那は義母宅で寝泊まりしているので話し合いもできない。
そんな頃。
居間でテレビを見ていた義母、旦那、息子。
面白いテレビ番組だったようで、時折笑い声。
私は扉を隔てて、台所にて食事の片付け中。
「みんな楽しそう私がここに1人でも平気なんやな」
そんな時、ふと顔を上げるとちょっと目眩がして、よろよろと椅子に座る。
「私がこんなんなっても誰も気づかん。このままここで死んでも誰も気づかんのか。」
……もう気持ちはどん底。
ただ単にみんなテレビ見て笑っていただけなのに
悪い方悪い方に考える時はそんなもんですなあ
お鍋を洗っていたのですが、水の張ったそのお鍋を………
頭からかぶりました
さすがに何かおかしいと出てきた旦那と息子。
🐱「あはは。水こぼしちゃった。拭かなきゃ」と、服を脱ぎ捨てその服で拭こうとする私。
いやもう、壊れちゃってますね
息子は泣きじゃくり、旦那は私を抱きしめます。
後にも先にも壊れたのはこの時だけなのですが、いろいろ限界だったのでしょう。
私が壊れれば息子が泣きます。
旦那も辛そうです。
そこにやっと気づいた私。
ちょっと笑ってみました
すると、息子が笑うのです。
そんな私たちを見て旦那も笑います。
なんだ。家族の中心は
私やん
なら私は太陽になって
いつもみんなを
明るく照らす‼️
そう思うようになって、どうやったら笑えるのか考えました。
これを書くとかなり長くなります
なので今回は簡単に〜
いつでも笑える引き出しを持つこと!
くだらない画像でも、大好きなアイドルでも、自分がその引き出しを開けたら常に楽しく幸せな気分になれる引き出しを沢山持つこと、ですね。
この辺りを私に語らせたら長いです
でもそれがこれから8年に及ぶ介護生活にかなり役立ちました
つづく〜