すみません、ブログの記事が、切り替わります。


  今年初な開院な為、患者は多数。まずは血液検査して、結果が出るまで待合室で待って居ました。

8時半に病院。
8時45分に血液検査。
8時50分に血圧。
9時前に、ケモ室での問診。


  父、28日から朝起きた時鼻血が出るようになったそうです。
  しかし、熱無いし、血圧も異常無いし、血液検査の結果が問題無ければ、二度目のサイラムザ+パクリタキセルを投与するスケジュール。


  2種類投与するのと、患者が多い為4.5時間はかかりそう。
  私はその間に抜けて、自動車の半年点検をする為にディーラーに行く予定でした。

  一応、診察までは付き添います。


  9時15分くらいに、父が突然。

「なんか走ったあとみたいに、脇腹?お腹が筋肉痛みたいに痛くなってきた」

  と伝えてきました。
  私は、緊張してるんじゃない?  と気軽に答えました。

  それから数分経ったかなぁ?

  父がお腹を抑え、上半身を曲げて、「どんどん痛くなってきた」と辛そうに言うので、すぐに受付に伝えに行きました。
  その間にも、どんどん痛くなり、我慢出来ないほど痛いと言います。


  でも、待たされます。


  なんでしょう?。

 は病院に対してかなり不満を持ちました。とにかく、ゆっくり、のんびり、とろとろと言ったら悪いけれど、のんびりなんですよ。


  私は父が痛いと言う言葉を訴えるのを初めて聞きました。
  
  うちの父は薬アレルギーがある為、痛み止めなど使わず、痛みに強いです。
  勝手口に落ちて頭をぶつけ、切り、縫った時も。痛み止めなしで麻酔なしで直に縫わせるくらい、痛みに強いです。

  その父が顔を歪ませ、私に痛いと訴えたのは、人生初なので、よっぽどでしょう。

  5分くらい待たされ、車椅子が来て内科の外来処置室へ。でも、看護婦さんらは、

「どこに寝かせる?」
「ベッドにする?ストレッチャーにする?」

とか会話して、テキパキ動かず。

「とりあえず血圧測りましょうね。」
「座ったまま?寝た方がいい?」

  って、痛いと訴えて続ける身体をまるめる父に、言うだけで。

  とにかく15分くらいは、それだけで時間は流れ。そうしたら診察室から先生が父の名前を呼ぶ。でも父は処置室で悶絶中。

  診察室に行けるわけない。

  だから、私が父を探す看護婦さんの元へ行き、父はいま処置室におります。と伝える。


  ここでも、色々疑問。


  看護婦さんが車椅子で、父を診察室へ連れて行き。ようやく先生の所へ、私はとにかく早く痛み止めとかしてあげて欲しい。でも、医者は原因を探りたいから検査したいようです。

  ベッドに移動し、お腹のエコーを撮り、また車椅子に戻る間も、常に痛いと訴える父。


  そこで医師が、座薬の痛み止め。ボルダリン?ボルタレン? を処方し、痛みが引いたら、レントゲンに心電図検査をする事になる。
 


  また、そんなことくらいで涙目になりそうになる自分に、あぁ、私の心はやっぱり今は弱っている事を自覚する。



  また処置室に戻り、またストレッチャーに移動。さっきから、痛いと訴える父を、車椅子からベッドからストレッチャーからと移動ばかり。


  痛くて寝てられない、座ってられない。どの体制でもとにかく痛いと訴える父に、痛み止めが届けられるまで15分かかった。


  痛み止めが処置室には無いらしく、どこまでか知らないが取りに行き、なかなか戻らない。その間に、父には。「今痛み止め取りに行ってるから、もう少しの我慢だよ」と伝える。


  ようやく痛み止めが来て、座薬で入れ、看護婦さんらは。

「じゃあ効くまで待ってね」

で、特に手当や声かけや、様子を伺うとかは、数分おきで。私的には早く薬が効いて欲しいと時間ばかりか気にかかる。

  どれくらいで効果があるかを聞くと、10分くらいかな?  という返事。

  それなのに5分しか経ってないのに、まだまだ悶絶中の父に、

「もうレントゲン撮りに行ける?」って聞くの。


  いや、無理でしょ!


  さらに、痛みと寒さでガクガク震えだし、心臓が痛いと。別の痛みと苦しみを訴える父に対し。

「もう少しで痛み止め聞くからね」

  っていうのよ。でも、お腹が痛かったのが、心臓が苦しいって訴えているから、私が横から口を出して、それをわかってもらうように言う。あと掛け布団をかけてもらう。



  もうね、なんだろ?

  父ひとりだったら、待合室から助けも呼べなかっただろうし。頓珍漢な問いかけをされて、症状伝わらないし…。


  痛み止め貰うまで待たされすぎるし。
  なんだか、いろいろ疑問でした。

  でも、どうにも出来ない。


  その間、自分もどうにも出来ず辛いね。


  痛み止めが10分以上経っても効かず、なかなかレントゲン撮りに行くにもいけず、結局なんとか寝たままなら検査出来るようになるまで処置室で待つ事に。


  時間はいつの間にか10時45分。


  看護婦さんから、痛みが引いたら声かけてと言われたまま放置。


  でも看護婦さんも忙しいから、まぁね。仕方なくもあるけれど、もう少しだけ。

『大丈夫?  痛いけれど頑張ってね』的な対応を求めてしまいました…。



  11時になり、私から父も悶絶せず、落ち着いて来たので、父に行けそうか聞くと、まだ痛くて起きれない。と言い。

  ならば寝たままなら出来る?か聞くと、出来そう。と言う為検査を進めてレントゲンと心電図を取りにストレッチャーに寝たまま行きました。


  二つの検査を終えて、また処置室へ戻って来ました。

   先生の診察まで30分待ちました。


     先生が来て、父のお腹を触診します。

「血液検査の結果も悪くなく、レントゲンで異常も見つからないが、可能性として胃に穴が空いた痛みかもしれない。胃に穴が空いていないのなら、癌の痛みだと思う。それを見極めるために、レントゲンではそこまで写らなかったので、造影剤のCTを撮ります。もし穴が空いていたら絶食したり、場合によっては手術が必要です。
 あと、今日は抗癌剤は辞めましょう。抗癌剤は痛み止めにはなりませんので。』

 となりました。

  8時半に病院到着して、もうこの時点で12時です。


  私、お腹すきました。
  旦那に車の点検に行ってもらい、父の付き添いから離れれません。


 もし、胃に穴が空いていたら?
 それか、癌の痛みがあれほど激痛なのか?


 今迄このような事なく来れていたのに、せっかくポートの手術をし、抗癌剤スタートしていきなりこれでは、抗癌剤のせいで、悪化しというか、抗癌剤の副作用でこんな目に遭った。と、思ってしまう。

 朝、病院に向かう途中。ケモ室の問診までは、全くこんな展開は予想して無くて、今頃、二度目のサイラムザを受けているはずでした。


  ただいま、造影剤のCTも混雑していて、待ち惚けです。


 これからもこのような想定外な事が減ることはなく、増えるだけでしょう。


 もう職場は癒しのリフレッシュの場ではなく、新たなる悩みの元になり、今日、いや、今日だけではなく、今のすぐ涙目になると言う、自分がコントロール出来ないほど、私の心はやつれてしまっているのだなぁ。


 少し前、訪問看護師さんと話して泣いてしまったように。今のままいたら、すぐ泣いてしまいそうで、本来猫が亡くなる以外で泣くことは無かったのですが、相当弱って、過敏になっているようです。ほぼ原因は母に傷つけられた痛みが癒える前に、悲しい事重なったからね。


 様々な負担が重なり、自分が思うより先に、身体が反応してるのかな?



 先ほどのブログ、途中だしすぐにアップするか迷いましたが、時系列で、自分の気持ちや心情的に、やはり限界かなと、いま、判明しました。


 O君がいる間はサポートの心配はさほどないので、それに辞めるには基本的ひと月前に言わねばならないし、仕事は辞める方向にしようと思いました。




 長くなるので、父が検査してどうなるかは、また今夜にでもアップします。



  ただ、これで涙目になる自分は、ヤバイ。
  父が苦しむ姿初めてなだけに、堪えるわ。



  誰にも悟られず、涙をぬぐう。



  でも、お腹も空いた。笑。



  新年、患者は沢山いて、信じられない事に、《なみちゃんが市民病院に居て、声をかけて来た》対応に困った。
  なかなかCT検査待ちが進まない。ずっと処置室にります。


  一年前、自分がガンと告知された同じ日に、また同じように市民病院で涙する自分なんか、予想してなかったよ。


  そして自分には、メンタルの為の休息も必要みたい。



  ※  なみちゃんは過去記事、去年の4月5月とかに出てくる、同級生です。