ダラダラと流れるテレビの音声ほど人の心を蝕むものはない。そう。それは蝕むという表現が的確だ。休日の朝にそれが聞こえず、静かな中目覚めることができれば、それだけでその一日は上出来だ。静かなことはこの世で最上の喜びのひとつといっていい。しかもテレビは自分だけでなく周囲の人も巻き込むことになるからタチが悪い。もし同居人がいて、隣室であっても毎日ダラダラとテレビを流されたら、多分数日のうちに別居したくなるだろう。
自分の神聖な場所は侵されてはいけない。それが耐えがたいのは、限定的な時間であっても、死を意味するからだろうと思う。渡辺美里だったと思うが、「死んでるみたいに生きたくない」というタイトルがあった。意味するところは少し違うと思うが、その文字は正しい。結婚が墓場だというのは、多分、部分的にではあっても、死ななければならない部分が多いからだろうと思う。もしそう感じておらず特に問題がないなら、あなたは、配偶者におおいに感謝しなければならない。そんな相手はめったに、いや、ほとんどまれにしかいないだろうからだ。
山をひとつ越えると、ずっと雪が降っていました。氷点下ではありませんでしたが、どこに行っても温度計は1度から一歩も動こうとしませんでした。こっちはずっと雨でしたが、ずっとねずみ色の空で、冷たくて、ただ生きているだけでした。これなら、まだ雪が降ったほうが少しは何かあるのに、という気がしました。真冬の雨は最低です。かといって夏の雨がいいかというと、それも違うのですが。
嫌いなことが二つあります。寒いことと、痛いことです。