10月末に色々あって、落ち着く暇も無く、病気の姉の足跡を辿る・・・。


東京で10月23日の晩に、病院に入院した姉の身の回りの物を確認した・・・。


鞄の中から財布も出てきた・・・。


所持金はゼロに近かった・・・。


数万円単位の買い物のレシートが沢山出てきた・・・。


CDだけでも一度に10万円近く買っていた・・・。


コンビニで一度に1万円近くのお菓子類の買いこみ・・・。


病気の症状の一種である・・・。


駐車券やコインロッカーのカギ・・・。


郵便物を北海道に送った控えが数枚・・・。


東京にいた時の足跡が分かってくる・・・。


取り合えず姉に貸していた車を回収しなければならなかったターボ君・・・。


手掛かりは駐車券1枚だけ・・・。


東京から戻り、恩師の葬儀が終わった24日の午後、車を探しに行った・・・。


札幌市内にある駐車場で車を見つけた・・・。


25日に駐車場の会社に連絡し、料金を確認・・・。


15000円程の駐車料金になっていた・・・。


取り合えずお金を持って電車で札幌へ向かった・・・。


駐車場から無事車を出し、姉の自宅へと向かった・・・。


車の中には生活用品から食料品等で後ろが見えない程の満載状態だった・・・。


車は回収できた・・・。


しかし、レオパレスの解約や、勤務先の年賀状の件、借りたままの松葉杖の件、横浜の病院から北海道の病院へ転院する件・・・・等々。


まだまだ課題は山積みだ・・・。


でも、家族の事だから頑張ろうと思ったターボ君でした・・・。




○○先生、今こうして先生の御霊前に立っていますが、僕はなぜここに立っているのか理解出来ません。

先生が、この世を去ってしまったという実感を抱く事が出来ないからです。

14年前、僕の結婚式に祝辞をしていただいた先生に、まさかこのようなかたちで、この世を去る先生にメッセージを送らせていただくなんて思ってもいませんでした。

23日に、先生の奥さんから訃報の知らせをいただいた時、僕は丁度、東京の羽田空港に到着したばかりでした。

この時期はいつもの事で、あ、奥さんからだからタイヤ交換して欲しいという依頼だな~と思っていました。

でも、先生が亡くなったという内容をお伺いし、頭の中が真っ白になりました。

また、大事な人がこの世を去ってしまったという悲しみがあふれてきました。

そして、近くにいながら先生の病気の事を知らず、何もしてあげられなかったという悔しさが込み上げてきました。

先生、病気に罹っていた事に気付かなくてごめんなさい。

すぐに駆けつけられなくて、ごめんなさい。

でも、先生のこのお写真を見ていると、「ターボ君、仕方無いだろう」と言う先生の声が聞こえてくるような気がします。

28年前、○○○高校で先生と出会い、今までいつも僕達のわがままに付き合って下さいましたよね。

本当にありがとうございました。

そして、いつも僕達の事を気に掛けてくれていましたよね。

僕達は、○○先生に出会えて幸せでした。

先生は僕達と出会って幸せだったかな?

その答えを先生の口から、もう聞く事は出来ません。

勘違いかもしれませんが、僕達と思いは一緒で、幸せだったと勝手に思う事にしますので、許して下さいね。

勘違いついでに、もう一つ勘違いさせてください。

僕達は、○○先生にとって特別な生徒だったんだと。

そう思う事が、僕達の先生に対する感謝の気持ちであり、誇りでもあるから。

僕達の誇りだった○○先生に、今まで、お世話になった恩返しをしなければならないのに、何も恩返しが出来ないまま、先生はこの世を去ってしまうんですね。

何も恩返しする事が出来なくて、ごめんなさい。

先生に出来なかった分、これから残された大事な奥さんやご家族の方達に、少しずつで恩返しが出来たらと思います。

「頼むな。先生のお願い」

そんな風に言っているように感じます。

○○先生の「頼むな」という言葉、嫌いじゃないです。

きっと、頼んだら嫌と言わない僕達の性格を見抜いていたんですね。

○○○高校を卒業してから、結構先生の頼みを聞いてきたと思うので、最後に、先生に僕からお願いがるのですが、聞いてもらえますか?。

これからもクラス会にお誘いしますので、是非参加して下さいね。

それと、今年先生の自宅の庭でしようと思っていた焼肉パーティー、来年させてください。

またご連絡させていただきますので、それまで少し休んで待っていてくださいね。



告別式の当日、朝早く起きて恩師向け泣きながら書いた文章です・・・。


10日振りのブログ更新になってしまいました・・・あせる


今年は初雪が遅かった北海道・・・。


その為、ターボ君の仕事にも影響・・・。


結果、ブログ更新出来ず・・・。


でも、ここにきて少し時間に余裕が出来てきたので、ブログ更新します・・・。



10月の23日にターボ君の恩師が亡くなるという訃報を聞きながらも、病気の姉の事があって、すぐに北海道に帰る事が出来なかったターボ君でした・・・。


一睡もする事無く、朝7時羽田発の飛行機に乗り、北海道に帰ったターボ君です・・・。


8時半に千歳空港に到着・・・。


駐車場に泊めておいた車に乗り込み、自宅にも寄らず真っ直ぐ恩師の所へ向かいました・・・。


10時前には恩師の自宅に到着・・・。


数人の方がみえていました・・・。


恩師の自宅に上がり奥の和室に行くと、奥さんが一緒に待っていました・・・。


病気であまり痩せる事無く、安らかな顔を見た瞬間、涙が止めどなく流れてきました・・・。


また1人、大事な人が亡くなってしまったんだと感じました・・・。


奥さんから恩師の亡くなった経緯等を少し聞き、夕方のお通夜に参列する為、取り急ぎその場を後にしました・・・。


自宅に戻ったターボ君・・・。


一睡もしていないのと、泣き過ぎたのもあってか、目は真っ赤で顔全体は血の気の引いた状態でした・・・。


でも、溜まっている仕事をする為会社に行き、少し仕事を片づけてからお通夜に行く準備をしました・・・。


お通夜は6時から・・・。


ターボ君は、何かお手伝いする事があるかもしれないと思い、親族の方達に差し入れを持って4時半には斎場に行っていました・・・。


恩師の突然の死・・・。


普段、連絡の取り合っていないクラスメートは、果たして斎場に来る事が出来るのだろうか・・・?


そんな心配をしながら、斎場に集まる人を待っていました・・・。


長年、高校教師をしていた恩師の死に、集まった人は以外と少ないものでした・・・。


普段、新聞を取りお悔やみ欄を確認していないのか・・・。


普段、高校時代の友人達と連絡を取り合っていないから、こんな時に連絡が来なかったのか・・・?


クラスメートも10人程しか来ませんでした・・・。


恩師が亡くなった事も悲しい事だが、普段の人と人との繋がりを大事にしている人、いない人との差がここに現れたのではないかと思いました・・・。


いつも気にかけて連絡をしてくれる人・・・。


いつも声をかけると集まってくれる人・・・。


いつも心配して遠くから見守ってくれる人・・・。


いつも何かあったら、すぐに駆けつけてくれる人・・・。


いつも自分の事より相手の事を考えて行動してくれる人・・・。


そんな人が自分の回りに1人でもいるのなら、大事にした方が良い・・・。


そんな事を考えてお通夜の席につきました・・・。



恩師の奥さんから、翌日の告別式で弔辞をして欲しいとの依頼を受け、断わる理由も無く受けてしまいました・・・。


でも、弔辞なんて産まれてこのかたやった事の無いターボ君・・・。


クラスメートの数人と、晩御飯をお通夜の後、食べに行きましたが、頭の中は翌日の弔辞の内容を考える事でいっぱいいっぱいでした・・・。


自宅に帰ってからも、前日から寝ていないのに眠る事が出来ず、一行も弔辞を書く事も無く朝を迎えました・・・。