12月からの出向も慣れ、ようやくこのまま春を迎えることが出来そう、2年も頑張ろうと思っていた矢先のことだった。

 

新卒が呼び出された。話はまた出向であった。しかも、自分はまた全く違う分野の会社の仕事であった。「行くことを拒んだ場合どうなる。」と聞いた同期がいた。答えは退職であった。

 

つまりわたしには「出向」か「退職」の2文字しか選択肢が無かっった。

1年目の新卒にはかなりきついことであった。

ここで辞めてしまうと転職は厳しいであろう。しかし、私の敵であった通勤時間が1時間30分から2時間越えになっていた。これにはすごく悩んだ。

いまの会社が好きで、今の仕事が好きで楽しくて頑張って来れたのに…

 

グループ会社でもない会社に二度目の出向はわたしにはきつかった。

とりあえず、行ってみてから考えようと思った。

 

4月出向先は温かく迎えてくれた。人間関係も悪くなく、残業も無し。

なのに自宅に着くと20時越え。

朝の電車も発作を起こすと遅刻になってしまう結局、降りる時間も計算すると、3時間は計算しないといけない。

 

好きでもない会社に3時間も費やしているなんて、何のために私は働いているのだろう。

毎日思った。

 

そして、中央線と山手線が大幅遅延した日に悲劇は起こった。

いつも以上に空気の薄い電車で、身動き取れない環境、ごく普通の健康な人であれば当たり前な光景、でも私にはそれは発作を起こす原因であった。

 

あまりにも辛く、東京駅のベンチで休憩した。

しかし、発作が治まっても立てない…

理由がわからない、体にに力が入らない。またパニックなってしまった。

こわくて、息ができなくて、気がついたら、内緒にしていた母に電話していた。

 

母は「駅員さんを呼びなさい。救急車を呼びなさい。」とかいっていたきがするけど、そのとき、自分はパニックであまり記憶がなかった。

気がついたら、知らない場所にいた。

 

幸い上司には遅刻する連絡がついていた。

 

その日は会社に行かず、家にかえった。

帰るだけでも、3時間はかかった。

いつもなら2時間もかからず帰ることのできる場所であったのに。

 

その日、初めて母に相談をした。今までのこと病院に通っていたこと。

母はいい病院を探して、次の日に連れて行ってくれた。

 

そこの先生は、話しを聞いて薬を出してくれた。

親とも相談し、転職活動を進めながら、休職をつかうことにした。

 

つづく