不要不急の定義は人それぞれで良いと思います。
政府が休業補償をしない以上、生活の為にお店等は営業するわけであり
その産業を守るためにもお客さんは必要なのだから。
それによって感染が広がるのもある程度は仕方がない事なのかもしれません。
自粛は強制ではないのだから。
本音では補償に裏付けられた法的拘束力をもって、しっかりと対応してほしいところです。
だって、もう、終わりが始まっているのだから。
息子はどうしても春期講習に行きたいと言って数日だけ通いました。
不要不急の外出を自粛するよう呼び掛けられていても塾は普通にありましたし、今後もあるようです。
息子が恐る恐る行ってみたら塾は通常運転で、
いつも通りにプリントは前の席から回ってきた物を一部ずつ取ったりして接触はあるし、
欠席者も少なくて、友達もいて、全く日常で、何だか安心出来る空間だったようです。
でも、志村けんさんが亡くなり、息子は急に恐くなって行くのをやめました。
「何十人の死亡者よりも、志村けんが亡くなったことが何よりも恐ろしく感じた。」
と、息子は言っていました。
塾のお友達で志村さんが亡くなった事を知らなかった子がいたようですが
そのお子さんは、朝から勉強していてお昼からは塾で、スマホで遊ぶこともなくテレビも見なかったので、そういった情報にアクセスしていなかったとのことでした。
こういうお子さんにとっての塾は不要不急ではないのでしょう。
でも、息子は違います。
学校がお休みでつまらないから塾に遊びに行く、という感覚なのですから。
学ぶ意欲がそれほどてもない息子にとって、塾は不要不急の外出に相当します。
そして、『恐いから休む』は正解だと思います。
動物なのだから、生きるために恐いことから逃げるのは正しいことだと思います。
(でも、何故か人間は逃げると怒られ、困難にも立ち向かえと言われるという不思議…。)
欠席者が少ない中で休む決断をした息子は偉いと思います。
臆病だとしても正しいのです。
とはいえ、私はほぼ全ての人が感染すると思っていますけどね。
人工呼吸器の取り合いになる前にかかってしまった方が良いような気もします。
PCR検査も良いのですが、抗体検査ができたら良いのになぁと思います。