息子は土曜の夕方からパパと二人で出掛けました。
翌朝からの練習に参加するために、前の晩から現地に入ったのです。

ホテルで息子が「勉強しようかな。」と言ったら「今日はやらなくても良いんじゃない?」と悪魔(パパ)がささやいたそうです。

出掛ける前に、「1泊だから無理に勉強させなくて良いよ。」と言ったのは確かにこの私ですが、やろうとしているのを止める方向に促さなくても。
息子は誰にも何も言われていなかったのにも関わらず、算数をやろうと準備をしていたのに勿体ない。
息子にとって何となくの義務感からの勉強であって、そもそも好きではないのだから、悪魔がささやけば簡単に落ちてしまいます。

でも、息子が勉強の代わりに娯楽として選んだのは『詳説日本史研究』を読む事でした。


受験勉強としてやらなくてはいけない歴史の漢字練習などは嫌いだと思われますが、歴史に関しては予習シリーズレベルではもの足りず貪欲に知識を吸収したがります。

あるべき学びの姿とは、本来こういうものなんだろうなぁと思います。

勉強の邪魔をしているのが勉強という矛盾。

親が西日暮里を諦めたら、息子の学びはより良いものになるのでしょうか?
でも、一年だけ我慢させたら、西日暮里でもっともっと素敵な学びに出会えると思ってしまうのです。

読みかけの坂の上の雲だって早く全部読みたいよね。