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高山薫(28)

1988年7月8日生まれ

神奈川県川崎市出身のサッカー選手。

2011年に湘南ベルマーレにてプロキャリアをスタートし、2014年に柏レイソルへ完全移籍。翌年、彗星の如く湘南ベルマーレへと舞い戻る。

 

移籍後2年目、足掛け5年目にあたる2016シーズン。

その左腕には、キャプテンマークが巻かれることとなった。

 

 

 

 

本エントリーでは、湘南ベルマーレ Advent Calendar 2016に寄せ、

自分が心から尊敬し、応援する高山薫選手のキャプテンライフについて述べたいと思います。

はじめに申し上げますが、これはあくまで一個人の見解です。ご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。

 

 

 

2015シーズンオフ、選手の移籍・加入のニュースがひしめく中、薄々感じていたことがありました。

「次のキャプテン、もしかするんじゃ」と。

キャプテンを担っていた、あるいはそれに近い役割を果たしていた選手が次々と巣立ち、残された選手の年齢や経歴などを比較検討した結果、候補として挙げるべき名は少なく、贔屓目を抜きにしても、そこには高山薫の名がぼんやりと浮かんでいました。

 

個人的には、楽しみよりも、不安な気持ちの方が上回っていました。というのも「キャプテン」という肩書きは、高山選手の足を引っ張るお荷物でしかない、と思っていたからです。

責任。プレッシャー。重圧。いろんなものを持たされて、彼のストロングポイントである走力を削ぐだけなのではないかと。

 

そして皆さんご存知の通り、高山選手はキャプテンとして2016シーズンを闘うこととなりました。

 

 

ひとつ、目立った成果をご紹介したいと思います。

 

2016年、高山選手の総スプリント回数は1127。J1最多記録だそうです。

2番目に多い選手が897。ちなみに、2015年の高山選手のスプリント回数は881。

(講談社「ゲキサカ」の集計を参照させていただきました:2016/2015

 

 

最高です。

走力を削ぐどころか、前年比128%です。恐れ入りました。

 

この一年、結果が伴わず、多くの苦悩があったことと思います。

それでも高山選手は足を止めなかったのです。

「キャプテン」という肩書きが、そうさせたのかもしれません。そうじゃないのかもしれない。どちらにせよ、高山選手は全力で頑張っていました。走り続けていました。誰が何と言おうと、自分はそれをずっと見てきました。

 

 

そもそもキャプテンって何なんでしょうか。

サッカー競技規則2016/17によれば、「チームのキャプテンは、なんら特別な地位や特権を与えられているものではないが、そのチームの行動についてある程度の責任を有している 」そうです。だいぶざっくりしています。

 

オフィシャルハンドブックにある、高山選手の言葉を借りるならば、

「キャプテンって、なりたくてなれるものではないし、そういう意味では明確に、チームをまとめ、支えなければいけない立場になる」とのことです。

常にひたむきに走り続け、闘う姿勢を見せてチームを鼓舞し率いることこそが、高山選手なりの「キャプテン」の形だったのでしょう。

 

 

それっぽいなあ、と思います。

湘南ベルマーレには、誰より走るキャプテンがいる。

「湘南スタイル」って何なのか、具体的にはよくわからないけど、やっぱり走力抜きにしては語れない気がするので。

 

自分はサポーターとして、その頑張りを応援で支えたいと思っています。

彼らが足を止めない限り、最後まで。

 

 

 

 

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 

高山薫が湘南に帰ってきて、明日でちょうど2年です。

そして、彼のキャプテンライフはまだ続きます。

皆様もどうか、最後まで一緒に応援してください。

よろしくお願いします。

 

それでは明日、大宮でお会いしましょう。