『位置』
しずかな肩には
声だけがならぶのではない
声よりも近く
敵がならぶのだ
勇敢な男たちが目指す位置は
その右でも おそらく
そのひだりでもない
無防備の空がついに撓(たわ)み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である
しずかな肩には
声だけがならぶのではない
声よりも近く
敵がならぶのだ
勇敢な男たちが目指す位置は
その右でも おそらく
そのひだりでもない
無防備の空がついに撓(たわ)み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である
石原吉郎詩集 <サンチョ・パンサの帰郷>
『定義』
正確に名づけよう それは
いっぽんの笞を走る
ひとすじの火だ
正確に名づけよう それは
ひとすじの火が打つ
いちまいの頬だ
頬を打つひとすじの火を
その火に打たれる
いちまいの頬があれば
一冊の辞書は成立する
辞書をひらけ そして
つねに正確な定義を
探すのだ
正確に名づけよう それは
いっぽんの笞を走る
ひとすじの火だ
正確に名づけよう それは
ひとすじの火が打つ
いちまいの頬だ
頬を打つひとすじの火を
その火に打たれる
いちまいの頬があれば
一冊の辞書は成立する
辞書をひらけ そして
つねに正確な定義を
探すのだ
石原吉郎詩集 <いちまいの上衣のうた>
『片側』
ある事実のかたわらを
とおりすぎることは
そんなはずでは
ないようにたやすい
だが その
熱い片側には
かがんで手を
ふれて行け
事実は不意に
かつねんごろに
熱い片側をもつ
ある事実のかたわらを
とおりすぎることは
そんなはずでは
ないようにたやすい
だが その
熱い片側には
かがんで手を
ふれて行け
事実は不意に
かつねんごろに
熱い片側をもつ
石原吉郎詩集 <水準原点>
『麦』
いっぽんのその麦を
すべて苛酷な日のための
その証としなさい
植物であるまえに
炎であったから
穀物であるまえに
勇気であったから
上昇であるまえに
決意であったから
そうしてなによりも
収穫であるまえに
祈り であったから
天のほか ついに
指すものをもたぬ
無数の矢を
つがえたままで
ひきとめている
信じられないほどの
しずかな茎を
風が耐える位置で
記憶しなさい
いっぽんのその麦を
すべて苛酷な日のための
その証としなさい
植物であるまえに
炎であったから
穀物であるまえに
勇気であったから
上昇であるまえに
決意であったから
そうしてなによりも
収穫であるまえに
祈り であったから
天のほか ついに
指すものをもたぬ
無数の矢を
つがえたままで
ひきとめている
信じられないほどの
しずかな茎を
風が耐える位置で
記憶しなさい
石原吉郎詩集 <いちまいの上衣のうた>