田村隆一詩集 『言葉のない世界』 | 世界の歌謡曲

世界の歌謡曲

その日の気分で 心に残る歌

 

 

「遠い国」

ぼくの苦しみは
単純なものだ
  遠い国からきた動物を飼うように
  べつに工夫がいるわけじゃない

 

ぼくの詩は
単純なものだ
  遠い国からきた手紙を読むように
  べつに涙がいるわけじゃない

 

ぼくの歓びや悲しみは
 もっと単純なものだ
  遠い国からきた人を殺すように
  べつに言葉がいるわけじゃない
 

田村隆一詩集 『四千の日と夜』

 

 

「帰途」

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか


あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

 
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

 
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか


言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる
 

田村隆一詩集 『言葉のない世界』