なんだか騒がしくなっております、メイウェザーとRAIZINをめぐる騒動。
よく考えたら「メイウェザー」と「RIZIN」の掛け算です。騒がしくならないはずがありません。
とりあえず、参戦の方向に動いているようですが、まだまだ二転三転あるような気がします。
さて、今回は、フロイド・メイウェザー参戦を受けて、過去に他競技に参戦してきた大物ボクサー達の軌跡を振り返ってみたいと思います。
まずは、プロレスと交わったボクサー達。
真っ先に思い浮かぶのは、「世紀の凡戦」
1976.6.26 アントニオ猪木と戦ったモハメド・アリ。日本の格闘技史で考えると、原点にして最高で間違いないでしょう。
アリの追悼企画として、2年前に地上波で放送していたのを見る機会がありましたが、
MMA、ガチンコというものが浸透した今見ると、お互いの意地が見え隠れして、
ヒリヒリとした雰囲気が感じられました。
まさに決闘といった雰囲気で、今の格闘技ではなかなか感じられない空気感だったと思います。
ただ、猪木がバックドロップでスリーカウント!みたいなドッタンバッタンを期待していたであろう
当時のプロレスファンががっかりしたのも理解できます。
当時の熱心なボクシングファンは、どのように眺めていたのでしょうか。気になりますね。
その前座では、チャック・ウェプナーがアンドレ・ザ・ジャイアントと戦い、リングアウト?で敗れています。
こちらはおもくそプロレスですね。
ウェプナーのナックル使いが、プロレスナイズされていて微笑ましいです。
ちなみに、ウェプナーの人生は「チャック 〜“ロッキー”になった男〜」という映画で描かれています。なかなかいい映画なので、おすすめです。
次点の大物が、1992.4.19
藤原組で、船木誠勝と戦った、「石の拳」ロベルト・デュランではないでしょうか。
黄金の中量級を彩った4階級制覇ボクサーで、ライト級史上最強と謳われることもある、言わずと知れた名ボクサーです。
当時デュランは41歳。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm6421821
体つきは全盛期からは程遠く、Tシャツにロングスパッツという、大日本プロレスの選手のようなスタイルで試合をします。
しかしながら、そのボクシングスキルは完全には失われておらず、
前に出たおなかからは想像できないようなステップワークを披露しております。
アリほど話題に上ることはありませんが、デュランを招聘するって普通にすごくないですか?
バブリーですよね。
今でいうと、デラホーヤあたりが日本で格闘技戦をやるような感覚でしょうか。
ありえませんね。
ちなみに、「石の拳 Hands Of Stone」として、デュランも映画化されておりますので、
興味がある方はぜひ。
MMAに目を移してみると、記憶に新しいのが、2010.8.26 UFC118で、ランディ・クートゥアーと戦った
ジェームス・トニーです。
ボクシングでは、重量級で3階級制覇、あわやヘビー級のベルトにも手をかけた、名選手です。
しかし、UFCでは、クートゥアーのレスリング力の前に、いいところなく肩固めで敗退。
結局その1戦のみでMMAからは撤退しています。
お金に困っていたような情報もありました。なんだか寂しいですね。
最後は、キックボクシングに転向したボクサーです。
しかし、意外とビッグネームがおらず、K-1に参戦していたフランソワ・ボタが、1番世界に近かった選手でしょうか。
ボタは、IBFのベルトを、一応獲得しています。
ボタの試合で印象深いのが、K-1GP2004の準決勝。レミー・ボンヤスキーとの試合です。
最後のダウンさえなければ、いや、ダウンを加味してもボタが勝っていてもおかしくない試合でした。
ここでボタが勝ち上がっていれば、この年のK-1GPは、反対ブロックから上がってきた武蔵が優勝していたかもしれません。
うーん。いいやら悪いやら。
ちなみに、逆パターンとしては、クリチコ兄弟はもともとキック出身だったりします。
さ、ボクシングからの次なる刺客となるか、フロイド・メイウェザー。
実現するやらしないやら。
一喜一憂せずに、どっかり腰を据えて、見守りましょう。