こちらの日記の続きです

平成時代

わたしが中学・高校の頃

わたしは朝早くから

夜遅くまで

学校と部活と塾で

ほぼ家にいなかったのですが

祖母が

ずっとずっと変わらずに

新聞の仕事を

続けていることに

ふと気が付きました。




叔母に何度か
尋ねたことがあります。

うさぎ
「‥おばあちゃん
まだ働いているんだね
もう高齢なのに大丈夫なの?」


叔母は言葉少なめに
返事をしました。

おばあちゃん
「‥仕方ないのよ」





本当に大丈夫なのかな‥

可哀想とも感じました。泣くうさぎ

でもその頃のわたしは

自分のことばかりでしたし

祖母に借金があることも

察していたため

深く考えないようにして

それ以上は

何も言いませんでした悲しい




平成10年代も

中盤〜後半になり

祖母はようやく

新聞販売店を辞めました。


既に70歳を過ぎており

わたしも大学生になる頃でした驚き


全く関係ないですが
祖母が新聞を辞めたあと
姪が誕生しています。


でも、祖母が仕事を

辞められたのは

借金の返済が

全て終わったから

と言うわけでは

なかったようです悲しい札束

祖母は当時

押し紙によって
新聞社の違法行為

新聞社側に

支払わないといけない

返品等の費用(未払い分)が

長年、散りも積もって

数百万円にものぼって

いたらしいのです無気力

辞めたくても
自分から辞めるなんて
言えませんよね‥

ただ、この頃に

新聞社の担当者が変わり

祖母の年齢や売上を見て

押し紙のことにも

配慮をして

「そろそろ若い人に

バトンタッチしましょう。

(押し紙による)未払い金も

もうナシにしますよ」

と言ってくれたのだそう。

チャラにしてくれたのは
祖母の功労なのか?
押し紙問題が
世間的にマズイ風潮に
なっていたからなのか?
分かりませんが


担当者は祖母に

「長い間、

よく働いてくれましたね」

と労ってくれて

祖母は涙が出るほどに

嬉しかったと

言っていました悲しい



そもそも押し紙は
違法行為、、
わたしは祖母を
騙して苦しめていた新聞社に
不信感を持ってしまいます。
この担当者は悪くないですが。



なにはともあれ

40年近く働いて

晴れて新聞の重労働から

開放された祖母泣き笑い花



身体はボロボロに

なっていました悲しい

祖母はその後

転んで骨折してしまい

数ヶ月入院となりましたえーん




そんな祖母の

入院中のある日‥不安

自宅に

祖母宛の督促状が届きますメール

それで結局

まだ300万円ほど

借金が残っていたことが

判明しました驚き




叔母はブチ切れて

「何故今まで言わなかったのか」

と怒っていましたムキー


でも、、
祖母が返済のために
高齢になるまで
働いているのを
そばで見ていたわけですから
叔母もずっと以前から
返済を手伝うなり
状況を把握してあげていれば
こんなことには
ならなかったんじゃ‥
と思ってしまいます凝視

まだわたしの知らないことも
他に色々とあったようなので
何も言わず静観しましたけど。


結局、叔母と父が

この残金300万円を

払ったようです。札束

コレで本当に

長かった祖母の

借金生活は

終止符を打ちました。

祖母、本当にお疲れ様でした泣くうさぎ

大変だったね悲しい



祖母は、壮絶な人生で

つらい状況だったのに

わたしたち家族に

さほど嘆くことなく

真面目に働いて

いつも強くて明るくて

幼いわたしや兄の面倒も

沢山みてくれました。

料理も上手だった祖母にっこり


最後は家族に迷惑を
かけたかもしれないけど‥


祖母の働く背中は

わたしの目に

カッコよく映っていましたよ。


本当にお疲れ様でした泣くうさぎ


引退後の祖母は
叔母に面倒を見てもらいながら
家族旅行をしたり
祖母の姉や
ご近所のお友達とも
楽しく過ごしていて
ホッとしました。にっこり




次回からは

わたしの母の話です。飛行機