こちらの日記の続きです

昭和30年代の

中盤から後半頃

子供たち(父や叔母)も

育ってきており、、イヒほっこり

小学校の給食費を

滞納してしまうような

貧しい生活から

何としても

抜け出さなければプンプン


そう思った祖母は

生活費を稼ぐために

自ら働くことを決意し

仕事を探しました。



祖父をグラサン

アテにすることを

ようやく諦めたようです。



この時に離婚していればな‥涙



それで

どういう経緯かは

不明ですが

祖母のもとに

新聞販売店

の話が舞い込み、、、

祖母は30代で

自宅の敷地内にあった

物置を改造して
曽祖父の家

新聞の事務所を

開設しました驚き

雇われるより
事業主になった方が
稼げたのですかね。
大変だけど。


しかしそれはそれは

想像より

超ハードな仕事でしたえーん



同じころ

祖父グラサンは祖父で

誰かに誘われたようで

土木関係の会社を

立ち上げました。



勿論、、

起業に必要な費用は

借金をしたそう。キョロキョロ

祖母は保証人に
させられたようです。



人を雇って

会社の代表になったので

立派に稼いでくれるように

なるのか?!と

少しだけ

期待もあったそうですが

蓋を開けて見れば

会社の人と

飲みに行ったり

夜な夜な

麻雀をしてばかりネガティブ

祖母が働き始めたので

祖父は生活費も

入れなくなったとのこと。





最悪‥ネガティブ




つづきます