こんにちは!
お元気でお過ごしでしょうか。
今日は返却期限が来ている本を読んで過ごそうと思っていたのですが、
その前にふと氣づいたことを![]()
目の前に起きることや体験することは、
「自分が何者かを知るため」にある
という言葉に出会ったからです。
今まではなんとなく「人として成長していく」ということを
常に心に留めて生きてきたような氣がするので、
それが「まだ自分が知らない大きな自分に会うため」だったのか
?・・と。
失敗と思えることにグジグジ悩んだことも、
なかなか決断できず逃げてしまったことも、
それらすべてが私を完成させる旅の一部で、
自分の一面を発見したことになるのかぁ![]()
こんなことで怒っている自分がいる。
こんなことで悲しんでいる自分もいる。
こんなことで悔しく感じている自分もいる。
こんなことに感動する自分もいる。
こんなに優しい自分もいる。
自分にはちょっとほしくない性質をみつけてしまうと
否定したり、落ち込んだり、エイって投げたくなるけど、
じゃあ、「もうこんなつまんないことで怒らなくてもいいよね」って
ただ思えばいいのかもね。
そして「わあ、こんなことを自然にできるようになった自分もいる♪」って
にんまりしたり![]()
そうか、「誰が何をしたか」とか、「こんなことが起こって大変だ」とか「こうしなきゃいけない」とか、「これを防ぐために」
ではなく、
「自分はどう感じている?」
「じゃあ、どういう意識でいたい?」
「こんなことしてみたらどうかな?」
とただ選べばいいのかな![]()
あれ?前もこんな文章書いた氣もする(笑)
堂々巡り?
いやいや堂々巡りにみえて、螺旋階段のように、すこーしずつは視点も上がっているはず![]()
恥ずかしく思う自分も少しずつ消えていっているから![]()
まだまだ先になりそうですが、
自我が薄くなればなるほど、全体と調和するんだろうなって感じます![]()
今回も思うままに書いてみました![]()
読んでくださり、ありがとうございます!
どうぞ素敵な一日をお過ごしくださいね![]()