刻喰〜①と②→2021年1月1日
刻喰〜③→2023年4月4日

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ここはどこだ?

ぼくは知らない場所に立っていた


『ほら、そこの君。こっちだ。早く来い』

どこからかそう声がかかる

前を見ると、男の人が大きく手を回してぼくを呼んでいる

ぼくは急いでその男の人の方へ歩いていった


『早く早く、さあ乗って』と言われ、男の人の傍らに停めてあるバスに乗り込んだ


しばらくするとバスは止まり、ぼくは外に出た

そこは西洋の様なモダンな街並みの場所であった

バスからはぼく以外にもゾロゾロと人が降りてくる

さっきの男の人が、みんなを呼ぶようにまた手を大きく回している方へ、みんな歩いていく


気付くと狭い部屋にいた

12畳くらいだろうか

そこに男女混合で8人がいるのだ

『どうやらここで生活しろって事なんだろうなぁ』
『狭いなぁ』
『外は西洋風なのに中は畳なのね〜』

確かに

外は綺麗な西洋風の街並みなのに、中の部屋は畳とは笑える

すると部屋に備え付けられているスピーカーから声がしてきた

『君たちは今日からそれぞれの部屋のメンバー単位で生活していく事となる』

それだけだった

ここは何処なのかとか、この人達は誰なのかとかの説明は一切なかった

しかし他の人達は、そんな事は関係ないかの様に部屋の中に座り、または横になったりして寛ぎ始めていた

『ほらっ君も座りなよ』と、大柄な女の人に寄り添っている小柄な女性が声をかけてきた

『うん』





朝起きると、顔を洗い布団を上げてから部屋を出て食堂に行く

そこにはたくさんの人々がいた

なんか人種もバラバラだ


テーブルに座りご飯を食べまた部屋に戻ると、スピーカーからまるで学校のチャイムの様な音がしてきた

するとみんな立ち上がり、『さて、行くか』と言って部屋を出ていく


『ほらっ君も』と、またあの小柄な女性が声をかけてきた


ぼくもまた『うん』と頷いて部屋を出ていく


行った先は、教室?
みんなで席に座って、何やら話しを聞いていた

部屋に戻って来ると、みんなはまた寛いでいる

話をする者 ただ横になっている者様々だ

外が暗くなるとまたチャイムが鳴り、みんな食堂に行き晩ごはんを食べてはまた部屋に戻って来て寝る


要はこれのくり返しなのだ


このサイクルを何度続けたのだろうか

気付くと部屋の人数が減っていた

周りの人に聞いてみても、『最初からこの人数だろ』と言って取り合ってもらえない


おかしいと思いつつも、ぼくはこの生活を続けていた



そして休みの日にぼくは外に出てみた

あの綺麗な西洋風の街並みはそのままなのだが、霧がかかっている

『ロンドンって、こんな感じなのかなぁ』と、そんな事を呟きながら駅の前まで歩いて来ると、切符を買う為の窓口に、黒い服を着た人達が長い列を作って並んでいた

人種も様々だ

その中に1人、黒い服を着ていない人がいた。

手には何か持っている

その人の順番になると、窓口の人と何か話している



よく聞き取れなかったが、窓口の人の声はこんな風に聞こえた

『ああ、昨日居なくなった彼へのプレゼントだね。受け取っておくよ。君の名前は?』


『カタギリです』

黒い服を着ていない人の声が聞こえたのは〘カタギリ〙という言葉だけだった


「カタギリ?カタギリとはなんだろう」
気付くとその〘カタギリ〙と話した人の姿はここにはなかった


『あれ?どこに行ったんだろう』

ぼくはしばらくその辺りを探したのだが見当たらない


探している間、ぼくは曖昧に思っていた

「居なくなったってどういう事だ・・・?」


すると遠くでチャイムが鳴っていた

『しまった。門限だ』とぼくは踵踵を返して宿舎へ戻ろうとする

すると「宿舎?宿舎って??」と何もかもが曖昧に思えてきた



部屋に戻ると、明らかに人数が減っていた
ぼくを合わせても4人である

ぼくと大柄な男の人と小柄な女性と大柄な女性である

小柄な女性はぼくが戻ってきたのを見て、涙を流しながら『良かった。帰ってきて』と言って大柄な女性と抱きあっていた

ぼくは部屋を見渡す

部屋の中にも霧が立ち込めているのか、視界の先は霞んでいる


そして次の日、ぼくはあの駅の窓口にいた

『君はどこまで行くのかな』と窓口の人が訪ねてきた

しかしぼくはここに来る前に買ったブランデーの瓶を差し出して『これ。この間居なくなった人へのプレゼントです。渡して上げてください』と話した


窓口の人は上目遣いに怪訝そうな顔をしながら『この間の人?』と言ってきたので、『はい。この間黒い服を着ていなかった人が居なくなったんです。彼に・・』とここまで話した時、ぼくは思った

「あれ?ぼくがこのプレゼントを上げたかった人は〘カタギリ〙という人だっけか・・」

ぼくがボゥと立っていると、窓口の人は『分かりました。受け取っておきましょう』と言いぼくの手からブランデーの瓶を受け取り、『はい、次の人』と言った


ぼくはその場から立ち去り宿舎へと向かう

辺りは、ほとんど前が見えない程の濃い霧に覆われている

宿舎に帰ると、そこには誰もいなかった
食堂に行っても誰もいない

チャイムも鳴らない


外に出て見ても誰もいなかった


気付いたらぼくは、この広い空間にただひとりになっていた





キ        ニ       イ    ナイ





何か 何かの音?これは声?が頭の中に響いてくる


ダレ・・・??




ココ     ノイ     デハ




気付くとぼくは横になっていた

見た事のない天井が見える

『ココハドコダ?』


カミサマダッテキメラレナイ

また頭の中に何かが聞こえている


シニタカッタ シナナクテヨカッタ



マ      モ


「なんだろう 何処かで聞いた事がある言葉・・・」


記憶を辿ってみると、ぼくはまたあの霧の中にいた



ココハ     ベキ     ナイ




ミヤ     ヤクモ    キテ




ミノ     バショ     ナイ






「なんだろう。頭の中で何かが響いている。なんだろう・・」




ぼくは目を閉じる


すると、頭の中に響いてくる声?とは違う、はっきりとした声が聞こえてきた


『何故キミはここに戻ってきたの?』

目を開けると12〜3歳の女の子が目の前に立っていた


ぼくが困惑していると、目の前に立っている女の子は怪訝そうな顔付きになり、『キミ。私の言葉分かる?キミの世界の言葉だよね?』と話しかけてきたので、『分かります』と答え、『ここは何処なんですか?』と続ける

すると女の子はため息をついてから『キミ。キミの名前は?』と言ってきた


なまえ??  なまえ   ぼくのなまえ


さっき頭の中に響いたと思われる名前を言ってみる

『ミヤモトです』



何も起きない


女の子は『それは違うわ』と言うと、一瞬でいなくなってしまった


そして瞬きをした次の瞬間目の前の様相が変わり、真っ暗な空間にぼくはいた

ぼくは立っているのか横になっているのかも分からない、前後左右、上下左右さえも分からない、認識出来ない空間にいた

分かるのは、冷たく、タイルとも金属とも取れる様な物の上にいるという事だけだった



コハ     ベイバ    ナイ





シタサ     ヤクモ     キテ




ココハ    バショデ  イ




またあの音とも声とも取れるモノが頭に響く




『ねぇ、何故彼はここに戻ってきたのかしら。一度戻った者は二度とこっちに戻っては来ないのに・・』
『それは、まだ完全にコチラとのコンタクトが途切れていないからだろう』
『と言うと?』
『彼は私の名前も彼自身の名前も思い出してないのだろう』
『もう少し時間がかかるかもしれない』
『でも、ここにいる間、彼の時間は削られていくのよ。どうすれば・・望まない者の時間を削るのは、あなただって本望ではないはずよね』




ぼくはまた横になっていた

少し前に見た事がある天井だ

『ココハ・・・ビョウイン・・?』


目を閉じるとまたあの暗い空間にいた


するとあの女の子の声がした

『あなたの名前は?』



なまえ     なまえ     名前



ぼくは考える
でも、考えれば考える程、記憶は霧の中へ消えていく


その時ひとつだけ見えてきたモノがあった

ぼくはその名前を口にしようとした次の瞬間、目の前にあの女の子が出て来て『その名前を言っては駄目っ。もう戻れなくなるわっ』と、今までの無機質で静かな口調とは一変したキツい口調で言う

『あ、あ、リ』とここまで言ってあと、ぼくはその先の言葉を飲み込んだ




ダイジ   ハ    ドッテキテ



その時ぼくは思い出した


ぼくが知らない天井を見上げていた時に頭に流れてきたコトバは、いつも聞いていたアイドルのCDだと


そして次の瞬間、ぼくは無意識のうちに自分の名前を口にしていた


『ミヤシタ。ぼくの名前はミヤシタです』と




すると真っ暗だった空間が一気にひび割れ、そのひび割れから眩しい光が溢れ出し、真っ暗な空間を物凄いスピードで押し出していく

目を開けるとまたあの天井だった


違うのは、ぼくが横になっている場所の脇には、何人もの人達がぼくを覗き込んでいる事だった


『ミヤシタさん。良かった〜気付いた』
『大丈夫か?』
『お、オレの事が分かるか?』
『人騒がせな人ねぇ』と皆口々に自分の想いを口にしていたのだが、皆一様に安心した顔をしていた




カミサマダッテキメラレナイ ウンメイトハカエラレルモノ



シニタカッタ シナナクテヨカッタ マドカラサスヒノヒカリニモ




「あぁ ぼくは戻って来たんだ。イヤだけど、ぼくが生きていく場所に」

ぼくは周りを見渡して、「どうしてベットに横たわっているかは分からないけど、こんなぼくを心配してかれる人達が、こんなにいるんだ」と心の底から想い、「頑張らなきゃぁな」と改めて思った




『リオン。やはり貴方は優しいわ。そんな貴方だから、私はここに残ったのよ』
そう話して、女の子の横にいる男の人に話しかける

『ん。ありがとう』と、優しい眼差しで女の子を見るリオン


『だから、リオン。私は出来るだけあなたと一緒に居たいの』と言うと、ふたりで闇の中へ消えていった・・・