宮崎縣護國神社を参拝したのは一週間前。
雨が降ったりもしましたが、暖かな週末でした。



↑↑宮崎縣護國神社の社号標。上部の欠け方に「終戦前の?」と思いましたが「縣」ではなく「県」だったので戦後建てられたものだとわかりました。






**御祭神**************
国家公共に尽くした人の神霊41,873柱
【正殿】明治戊辰の役以降国家公共に尽くした人の神霊
【相殿】公務殉職者の御霊54柱
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**御由緒**************
昭和18年4月内務大臣の許可を得て宮崎市下北方の高台に鎮座地を定め建設工事に着手。
昭和20年8月15日終戦を迎え、建設放棄を余儀なくされる。
昭和26年サンフランシスコ講和条約締。
昭和28年4月宮崎縣護國神社再建奉賛会を組織して県民の浄財をつのり、神社の再建に着手。
昭和30年3月竣工、同日鎮座祭を斎行。
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広い境内には慰霊碑が建立されています。





↑↑神風特別攻撃隊のさきがけとなった敷島隊(隊長 関行男大尉)四番機の永峯肇飛行兵長の顕彰碑。



境内には戦没者の遺品を集めた遺品館を拝観しました。






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