三つの坂
世の中には上り坂、下り坂、まさか、という三つの坂があると言いますがAさんの場合は並大抵の「さか」ではなかったですね。「性善説」と「性悪説」がありますが、この方の場合は、母親から「情けは人のためならず」「功徳を尽くせ」と教えられて育ったせでしょうか、人を疑うと言うことを知らない方でした。困っている人を助けては裏切られてばかりで、お人好しというか何というか…。
大学の先生だったんですが、娘さん2人を守るために職を捨てて第2の人生を始めた人でした。今はどこで何をされているのか、平成12年頃までは連絡も取れていたのですがいつの間にか携帯の番号が変わっていて連絡の取りようもない。教員生活の最後の2年間は京都大学に籍を置いていたはずです。
いろいろな学会に入っていたんですが、どの学会に問い合わせても所在はわからないままです。
そう言えば東日本大震災の時に、一時期「災害ボランティアのTさん」というタイトルでヤフーのトップページに載っていたあの人ではなかったのかなあと思っています。
日本一高い散髪代
「お受験」と言う言葉がいつごろ世の中に定着したのか私は解りませんが、すいぶん小さい子どもさんから「進学塾」に通わされて、家にいても「勉強しろ」「勉強しろ」の毎日を送っていたG子ちゃん。ストレスからチック症になり、こころのバランスがとれなくなりました。
その子のお父さんという人が子どもが大好きで、そのお父さんはことある事に勉強を強いる奥さんと闘っていたみたいです。が、ついにある日G子ちゃんが臨界をこえてしまいました。
進学する学校から面接の案内が来て「前髪程度は揃えて下さい」と書いてあったそうです。母親はG子ちゃんを近くの理容室に連れて行って髪を切ったのですが、昔の「おかっぱ頭」になって家に帰ってきました。G子ちゃんは鏡の前で呆然としていて、妹のM子ちゃんが「お父さん、おねいちゃんがおかしい!!」と、お父さんに言って、G子ちゃんがいる部屋に行って「どうした?」と聞くと「前髪程度は揃えてって書いていたのに、お母さんがこんな髪型にされてしまったー!」と号泣したのだそうです。
G子ちゃんは学校では全校集会の司会者をしていて、後輩の女の子からG子さんの髪型がステキだと憧れられる存在だったそうです。なのに、「こんな髪型にされてしまったー!!私、もう学校に行きたくない。電車にも乗りたくない。外にも出たくない。もう受験なんかいやだー」
お父さんはお母さんを呼んで「子どもの心をめちゃくちゃにしてまでも私立の中学に入れなきゃ行けないのか?見て見ろG子を」と怒りました。するとお母さんは「そんなことぐらいで大げさな」と、まったく気にもとめなかった。公立の中学は「在日の子」がいてガラが悪い。だから私立に中学に入れる。と言うのが母親の言い分だったそうです。その母親は大学の先生で「人権問題委員会」のメンバーで、むしろそのような「人権」に関しては逆の立場にいなければならない方でした。
お父さんはついに堪忍袋の緒を切りました。そしてG子ちゃんに「この髪型で、おまえの気に入るような髪型にするとしたらどうしたらいいんだ?」と聞いたそうです。するとG子ちゃんは「あのね、お父さんの家の近くのサクラ理容室に行ったら私の気に入った髪型にしてくれる」と言ったそうです。
その日は金曜日、お父さんは地方の出身で、行くとしたら飛行機で往復しなければなりません。お父さんは早速飛行機の予約をして、次の日の土曜にお父さんの実家に向かいました。途中途中でG子ちゃんは「空って青かったんだね。曇って白かったんだね」と言ったそうです。お父さんは心が破れそうになったと言います。
さて、飛行機に乗って空港に着き、タクシーと電車を乗り継いだ2人は父さんの実家に着きました。その時お父さんの財布には100円玉が1個だったそうです。2人は顔を見合わせて笑ったそうです。
G子ちゃんはすぐにおばあちゃんに連れられてサクラ理容室に行きました。1時間ほどしたらG子ちゃんとおばあちゃんが2人で歌を歌いながら帰ってきました。明るい、いつものG子に戻っていたそうです。
次の日、日曜日、G子ちゃんとお父さんは飛行機で帰りました。空港からタクシーで家に戻った時、タクシーのおつりが100円玉1個、2人は「また100円玉1個だ」と大笑いしたそうです。飛行機の往復、タクシー代、散髪代、計約8万円。「日本一高い散髪代だったね」とG子ちゃんが言ったそうです。でもお父さんは「なあに、お前の心のことを考えたら、それぐらい大したことじゃない」と言ったのだそうです。G子ちゃん「こころ」は生き返ったのでした。
後日、G子ちゃんは私立の中学校に合格したのですが、入学はせず、M子ちゃとお父さんの3人で家を出て、お父さんの田舎で住むことになりました。調停裁判も1ねんで終わり、お父さんが「子の看護権」を取ったのだそうです。言うなれば、G子ちゃんに対する虐待と、それを見ながらビクビクした生活をしなければならなかったM子ちゃんの心の声が裁判官に届いたのでしょう。
それからの3人の生活は一変しました。G子ちゃんはもうすぐ30才?M子ちゃんは27~28才かな?
お父さんはどうしてるのかなあ。何せ子どもが大好きな方でしたから、今頃は孫の子守でもしているんでしょうか。お元気ならいいんですが…。
次回は「鼻くそは黙ってろ!」か「ウォシュレットが止まらない」について書く予定です。