人間も70歳を過ぎるとほとんど終わりかなと思っていたが、これがなかなか面白いもので、若い人にはわからないでしょうけど70歳からの人生もすてたものじゃあないですネ。
今日、井上恵三と言う元プロスキーヤーに電話をしたら、昨日のお祭りでビールとハイボールを飲んだ上にニッカウイスキーのボトルを半分も飲んで、もう今日はへべれけだと言っていた。
井上先生は私のスキーの師匠ですが、76歳の年を考えたら、いくら何でも飲みすぎでしょう。支障をきたしたらどうするんですか、と私は言いたい。
元プロスキーヤーと言いましたが、この人は日本のプロスキー界を立ち上げたひとりです。大学1年(18歳)でインカレ優勝。スこーバレーもプレオリンピック出場。大学2年の時はインカレ2位。日大を卒業後、園部勝氏と日本職業スキー指導者連盟(SIA)を創り競技スキーヤーの育成とスキースポーツの指導と普及の最前線にいた方です。テレビなどでは三浦雄一郎さんなんかが有名ですが三浦さんは途中で冒険スキーヤーになって富士山やエベレストで滑降をしたりしました。80歳でのエベレスト登頂は並大抵のことではないことは私などが敢えて言うことでもないですが…。
話しが脇道にそれましたが、その井上恵三氏がいま取り組んでるのが他に類を見ないスキーの指導書なんです。
私が弟子入りしてから何十年になるかははっきりとは覚えていないのですが。どこかのスキー場でグループレッスンをしている時に、リフトの上からジロジロと私を見ていた人がいました。こちらも誰だろう?と気になっていたんですが「井上先生!井上先生!」と私を見て叫ぶんです。あーっ思い出した。あの人は東京都スキー連盟の専門員で私が準指導員を受験した時に私を落とした人だ。どうしよう?!ま、とりあえず私を井上恵三と間違えてくれているのだから、そう言うことにしとこうっ。3度目の何とやら、またリフトから「井上先生!」と声をかけられたので「おう、元気かい?」と言うと「ホテルはどちらにお泊まりですか?」というので「○△□♪$」と言って「じゃあねー」と言ってお客さんとホテルに帰りました。
スキーの後の温泉って言うのはいいですね。湯上がりにビールを頼もうとフロントに行ったら何やらホテルのスタッフが騒がしい。「そうしたの?」と聞くと「さきほど、東京都スキー連盟の人が来て、ここに井上恵三先生が泊まっているはずだっていうんです。でも、そう言うお方は宿泊されていませんと何度言っても聞き入れてもらえなくてお酒を2升置いて行かれまして、どうしたものか困っていたところです」という話し。定宿でしたから、女将さんに目配せをして「あっ、それ私です」とフロントの人に言って2升ゲット!夕ご飯の時にお客さんと美味しく頂きました。滑りはとうてい師匠にかなうはずもなく、でも私は井上恵三氏の声色、しゃべり方、立ち居振る舞い。すべて真似をしました。だからスキー学校に電話が来ると「はい、井上!おー、どうしてる。そうかい、ちょっと待ってくれ」と言いながら何度、二階の校長部屋へ取り次いだかわからない。
井上恵三氏のスキー技術、スキー理論、そして彼のインストラクションは、私の知りうる日本のスキー指導者の中では追従を許さない。彼はマイネルのスポーツ運動学やフッサール、ボイテンデイクなどの哲学から始まりユング、アドラーの心理学、形而上学、コーラン、宗教学にも精通している。なまなかな学者先生でも歯が立たないのである。
これは井上恵三氏本人からの願いで「ぜひ俺の自伝を書いてくれ」と言うことから始まったが、「自伝」を言うのはそもそも自分が書く物であって他人が書く物ではない。ゆえに
わたしは「井上恵三人物伝」としてならば書けますよ!と言ったところ「それでいい」と言うことになったので、私のエッセイの何カ所かに私の知っている限りの井上恵三氏の話しをアップしようと思っている。
先ほどの日本酒2升の話しもそうですが、リフト小屋の親父さんからも井上恵三氏に間違われたことがあります。その事を師匠に話したら「ばっきゃーろー(バカ野郎)俺はお前みたいな下手くそじゃねーやーい、その2升返せ(激怒)」でした。