先日SEEDの最終回初期案の裏話を見ました
どうやらSEEDの最終回はキラが死ぬ予定で
ジェネシス内部でフリーダムを自爆させるオチだったそうです
実際にジェネシス内部で自爆したのはジャスティスでした
この結末を変えたことで
続編制作に漕ぎ着けSEED人気を不動なものにした
このエピソードを受けて
普段から何かとSEEDに難癖を付けたがる
ファンでもアンチでもないモブみたいな連中が
「そっちの方が良かった」
「その案ならシンが主人公を貫けた」
「それならDESTINYと言う失敗作が生まれることも無かった」
などとバカなことをほざいてるのを見ました
まず当時のSEED人気を顧みたら
例えキラ死亡ENDでも続編は作られてたと思います
そしてキラがいないDESTINYの方がつまらないと思われます
DESTINYにおいて悪い大人に利用されるシンと
世界大戦を戦い抜いたキラの対立と言うのは大きなテーマであり
キラがいなければシンが主人公を貫けた
などと言う意見はある意味本末転倒です
そもそもの話をすると別にシンは最後まで主人公です
こいつらが難癖をつけたいのは恐らくシンとキラが対立したことだと思います
それを言語化させるのが面倒で思考停止で主人公が乗っ取られたと表現してます
まぁとりあえず歩み寄って
ここは主人公が交代したと言う意見を1度受け入れましょう
それの何がいけないんでしょうか?
この人たちには想像力が無いんでしょうか
デュランダルに利用されるシンは
悪い大人に利用される若者として描かれてます
それをキラやアスランなどの
大きな戦争を経験した大人が救済するって話です
主人公交代もクソも無いです
デュランダルのどこが悪い大人とか
キラとアスランのどこが大人とか
そんなことはどうでもいいんですよ
私が言ってるのは演出的なことです
演出を考えてくださいと言うことです
デュランダルの発想を悪として見れないなら
先程も言った通りそれは本末転倒なのですよ
DESTINYを見てZAFTは正義
デュランダルの思想は正義と言う発想に至る視聴者は
その時点で価値観がずれてるし捉え方として的外れです
デスティニープランは合理的で正しいとか
いやデスティニープランは才能が認められなければ夢を奪われるとか
そんなことはだからどうでもいいんですって
だってこのアニメではデュランダル政権は悪者として描かれてるんだから
ファーストガンダムでジオン側にも正義があるって言われても
結局は連邦の視点でジオンを倒すべき敵として描いてるわけでしょ?
それと何ら変わりませんよ
もっと1人のキャラを見るのではなく全体を捉えましょうよ
シンの親代わりを気取ってるくせに
DESTINYを否定したらそりゃ本末転倒でしょうって
だから私はこういう人たちにお願いしたいんだけど
嫌いなら嫌いで良いから
何も語らないでほしいんです
DESTINYが嫌いな理由を
シンやデュランダルのせいにするのであれば
いっそSEED全体を否定してほしいと思うんですよ
何かこいつらの批判って
本末転倒の気がしてならないんだよな
要するにシンやキラ云々を抜きにして
SEED自体が受け付けないだけの話じゃないの?
そしてシンとかデュランダルを都合の良い批判材料として持ち出してるだけ
あと僕から見てそういうやつらって
別にアンチですら無いと思うんですよ
アンチってまだ言ってる事わかりやすいじゃないですか
でも難癖厨って「曲は認める」とか「機体は好き」とか
微妙に予防線張ってるのがいかにも屑っぽいなって思っちゃうんですよね
だからこういう意味不明な存在は
とにかく語らずに作品から距離を取ってほしいですね
そして改めて誓いますが
絶対に僕は難癖ガンダムオタクには屈しません
SEEDシリーズ本編のみを死ぬ最後の時まで肯定します
そんなSEEDアンチに寄り添った記事もあるのでぜひ拝見ください
