優勝は北津留 選手


おめでとうございます‼

イン捲り❗



ケイリンメールマガジンを読んで参考に………



立川競輪場を舞台に開催された17年最初の記念シリーズ、平成28年熊本地震
被災地支援・開設65周年記念「鳳凰賞典レース(G3)」は、1月7日に最終日が
行われた。SS班4人に加えて、深谷知広、吉田敏洋と豪華な顔ぶれの激突と
なった決勝は、北津留翼が空いたインを追い込み優勝。昨年11月の防府以来、
4度目の記念制覇を遂げた。なお、第9レースで行われた災害復興支援レースは
菅田壱道が勝利した。


シンプルな組み立てが北津留翼にでっかい福をもたらした。無傷で勝ち上がった
平原康多、稲垣裕之、新田祐大。輪界屈指の機動力を備えるSS班3人が、単騎での
戦い。3車のラインが存在しない難解な細切れ戦のなかで、北津留は前受けからの
勝負を選択した。
「できるだけ前で、取れたところをと思っていた。そしたら岩津(裕介)さんが
取ってくれたんで、自分は脚を使わずにいけました」
単騎の稲垣が切って出て愛知コンビを受けると、北津留は4番手の内でじっと我慢。
最終バックまで続いた小埜正義との併走をこらえる。前の稲垣がまくりを放つも
車の出は一息。内から1車押し上げた北津留は、稲垣をけん制した吉田敏洋に続いて、
逃げる深谷知広の空けたスペースにも俊敏に反応した。
「稲垣さんが仕掛けたんですけど、付いていくのがいっぱいだった。脚がないんで
内を行くしかなかった(笑)。正直、空くとは思ってなかった。ただ、岩津さんに
付いていただいているので、内でバックを入れることだけはしないようにした」
直線の入り口で内から深谷を抜き去った北津留は、岩津の追い込みを振り切って
先頭でゴールを駆け抜けた。
「一年に一回のラッキーを使っちゃいました(笑)。今年の目標ですか?去年より
いい着をたくさん取れればなって」
いまでは新田、浅井康太のSS班2人をかかえる90期。そのなかでも逸材と呼ばれた
北津留も、気がつけば今年の4月に32歳を迎える。
「脚がないんであきらめて、それで冷静に回りを見ようって。32歳って、もう
おじさんですよ。いまは2人の子どもが自転車にはまって、練習仲間になってます」
デビュー12年目、記念優勝で幕を開け、これ以上ないスタートを切ったが、これからも
マイペースに変わりはない。

平原と絡んだ岩津裕介だったが、北津留との連結はキープ。最終3コーナーからの
北津留のコース取りにもソツなく続いて2着に入った。
「(北津留と)ワンツーなんで100点満点。(北津留は)言った通りというか、
落ち着いてレースをしてくれた。自分もこのメンバーで2着なんで、ヨシとします」

最終2コーナーで岩津に弾かれた平原康多は、バックで7番手からの立て直し。北津留
ラインを追いかけて、直線で詰め寄るも3着。脚を余しての消化不良を振り返る。
「石井(秀治)さんが行ってくれて、その流れでと思っていたんだけど…。最後は
内しかなかった。うまいこといきませんでした。悔しさしかない。(クール)ダウンの
必要がないくらい(脚を)使ってないです」

稲垣の3番手まくりは不発。逃げる深谷の番手で願ってもない流れが訪れた吉田敏洋
だったが、最後の詰めを誤った。
「全部、俺のせいですね。稲垣さんは3コーナーであっさりやめてた。深谷もタレて
なかったんで、4コーナー勝負と思った。(北津留)翼も見えていたんですよね…。
しばらく後悔します」

「掛かりは悪くなかったと思う。軽いコースを探して、(内が)空いちゃいました。
最後はしょうがない、失敗です。でも、手応えはつかんでいる」と、逃げた深谷知広は、
気持ちを切り替え帰り支度を始める。


レース経過
スタートで岩津裕介が出て、北津留翼―岩津で前受け。以下は石井秀治―小埜正義、
平原康多、稲垣裕之、深谷知広―吉田敏洋、新田祐大での周回。
青板3角で深谷が動きだすと、稲垣も上げて、先に北津留に並び掛ける。そこを深谷が
打鐘で叩いて先制。千葉勢に平原、新田も切り替えて続く。一方、稲垣は愛知の2人を
出させ、石井と併走。稲垣の後ろには北津留―岩津。3番手を稲垣と取り合う態勢から、
最終ホームを過ぎて石井がまくるも、車が出ずに2角で後退。バック手前で今度は稲垣が
まくりにいくが、こちらも深谷の掛かりの前に思うように進まず。だが、このときに
北津留が内に入ってくる。北津留は2センターで吉田の内まで上がると、4コーナーで
深谷の内も空いたのを見逃さなかった。直線入り口で先頭に躍り出た北津留は、同じ
コースを辿る岩津、平原を追撃を許さず押し切った。




明日は連チャンで和歌山記念へ‼




ではまたグラサングラサングラサングラサン