国宝・犬山城 | Pentaのブログ

国宝・犬山城

久しぶりの更新で,お城の紹介。



国宝・犬山城



犬山城01


久しぶりに名古屋に行ったついでに,犬山城へ立ち寄った。

犬山は名古屋の北,車で数十分のところにあり,国宝・犬山城,明治村,モンキーパークなどがあって,名古屋地方の観光名所である。
名古屋で小・中学へ通っていた小生も,遠足などで行ったことはあるはずなのでが,大人になってからは初めて,久しぶりで訪れた。

名古屋周辺は,もともと,信長,秀吉,家康の三英傑が出るなど戦国~徳川時代の名城も多いが,そのなかでも犬山城は珍しい名城である。

だいたい国宝,重要文化財といってよく観光名所などで指定されているが,重要文化財はかなりあっても,国宝というのは,その数はかなり限られていて少ない。とくに城郭の国宝とういのは少なく,全国に残る城郭のうち,わずかに数件(たしか以前名古屋城で調べたときに,4つだけしかなかったと記憶している。)である。その数少ないうちの一つが,この犬山城である。前には書いたが,明治時代になって文部省が国宝制度を作ってその国宝第一号が名古屋城であった(残念ながら,太平洋戦争の名古屋空襲で消失,現名古屋城ではない。)

なにより素晴らしいのは,すぐ横を流れる木曽川とのマッチングである。木曽川河畔から眺める天守の姿が,美しい。
尾張と美濃を分ける木曽川河畔という当時の戦略的に重要であった場所が,今思えば,また風光明媚な場所ということになったのである。

その存在する場所だけでなく,この犬山城は珍しい点が他にもある。
一説によれば築城は1537年(天文6年)というから,あの名古屋城よりも約80年も前にできている。現存最古の天守閣ということになるらしい。築城者は織田家,信長の叔父にあたる武将らしい。(ただし,そうでなくて,丸岡城,松本城の方が古いという説もあるらしい。)
その後,秀吉の時代を経て,尾張徳川家の領地となった。戦国時代が終わり,徳川時代になると,徳川幕府はその平和のために一国一城ということで一つの大名領地に,城は一つという決まりを作った。ところでこの犬山は尾張徳川家領地である。もちろん尾張徳川家には名古屋城があるから,普通ならこの犬山城はそのときに取り壊しの運命になるべきだったはず。もちろんその姿が美しい名城であるから取り壊されなかった・・・わけではなく・・・,やはり御三家は特別ということで,御三家には附け家老といって大名格の家老が特別にいたのである。その尾張徳川家の附け家老が成瀬家で,最近までこの犬山に存続しているらしい。しかも,今回知ったことなのだが,この犬山城そのもの,つい最近(平成10年)まで,その成瀬家の個人所有であったという珍しい経歴である。これもこの城が,領地大名の城でなかったからだと思われる。

ということで,久しぶりの写真紹介でした。