私は、長野に来る前に、青森県の農家さんでお世話になりながら、2年間農業の勉強をしてきました。
青森では、様々な出会いがありましたが、そこで知り合った友人の1人が最近1週間ほど遊びに来ていました。
会うたびに身長が伸びている育ち盛りの18歳の青年です
彼とは22歳も年齢差があり、親子ほども違うのですが、どういうわけか話の合うところが多く、価値観や人生観が近かったりする、私にとってちょっと不思議な友人です
私の交友関係は、ここ数年は目まぐるしく、人付き合いが去年とはガラリと変わった、ということが毎年のように起こっています。
それゆえ、新たな出会いがある一方で、なんとなく疎遠になってしまう人も何人もいます。
最近の私は、なるべく自分と価値観の似通った人と交流し、できるだけ自分にとって居心地の良い場所にいるということを心がけています。
そして、合わない人とは無理して付き合いません。お互いがご機嫌さんでいられることをとても大切にします。
ちなみに、以前の私は
「みんな大好き
」
という感じで、誰とでもそれなりにお付き合いができる人間だったと思います。
ところが失業がきっかけで、ものの見方、考え方、感じ方が一変し、合う人と合わない人、好きと嫌い、YESとNOなどがはっきりと分かれるようになります。
周囲の望む人間になって、その期待に応えることで、自分を見出そうとしていた私
から
自分の心が望んでいることを、自分らしく表現して生きることで、自分を見出そうとする私
へとシフトしたのです。
それまでの生き方とは真逆なため、はじめの頃は、周囲と上手く付き合えなくなってしまった自分に戸惑いました。
今後の仕事のこと、家族のことについても真剣にたくさん悩みました。そして、悩み抜いた末に、いざ自分の考えていることを表現してみれば、
自分勝手なヤツ
わがまますぎる
義務を果たすべきだ
もっと冷静になれ
絶対に後悔するぞ
お前は間違っている
無責任だ
相手の身にもなってみろ
みんなに迷惑かけているのがわからないのか
お前にはガッカリしたよ
一体どうしちゃったんだよ
以前のように戻って欲しい
ちょっと思い出しただけでも、こんなことを言われていました。
もうクズ野郎扱いです
まぁ、いま冷静になって振り返れば、相手に投げるボールはストレートばかりだったし、湧き上がる感情を辺り構わずに撒き散らしていたので、返ってくるボールも当然ひどく、まさに自業自得。
なんでも極端すぎる私は、相談相手にも困惑され、特に身内からは袋叩き状態でした
でも、だんだんと面白いことが起こりはじめます。
自分は周囲から理解されない変わった存在なんだと思っていたけれど、時々ですが、自分と似通った人が現れるようになってきたのです。
そういう人とは、初対面なのに、はじめまして感がゼロだったり、お互いのことをよく知らないはずなのに、なんとなく分かり合えてしまう不思議な関係になります


この時々の出会いが、だんだんと楽しくなってくると、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦で、積極的に人の集まるところへ参加しては、洋一ワールドをぶつけてみたりして、よく実験していました。
そうすると変わり者だと思っていた自分が全受容されてしまう場が存在することもわかってきました。その場では変わり者ではなく普通の人になってしまいます(笑)
いまでは自分と似通った人に会ったり、普通の人になれる場所に行くことが容易になったと感じています。
自分の心の声に従って行動を起こすと、どういうわけか、そういう人や場に居合わせることが多いからです。
自分はどうしたい?
本当はどうありたい?
と自問自答して、自分の湧き上がる感情に素直に耳を傾け、心の声に正直に行動している時ほどそうなるのです。
だから、
自分の心の声と行動が一致していること
は、たぶんとても重要なことなんだと思います。
心の声は、あるべき自分の居場所へと導いてくれている
失うことを極度に恐れる必要はないのかもしれません
現在の私は・・・
やってみたかったことが仕事にできたし
子供たちとは定期的に会って毎回楽しく遊んでるし
両親や弟妹とも、本音が言い合えるステキな関係になった
仕事も家庭もいろいろあったけど、今とても幸せです


失業して良かった〜
だったのかもしれませんね!
