昨日の続きになりますが、
アドラーってどんな人か?
自分が思うアドラー像を
かなり乱暴に一言で言ってみますが、
人間の悩みなんて、ほとんどが対人関係なのだから、これを解消できたなら、全人類が幸福を感じることのできる社会が実現できるはずだ!と本気で考えていた人
です。
私はこのスケールのデカさが、たまらなく大好きです❤️
具体的には、
悩みを解消するのには
[課題の分離]というのが必要で、
まず問題を2つに分類します。
[自分の課題]
と
[他者の課題]
誰の課題なのか?
をはじめに明確にしてしまうのです。
そして、次が重要で
[他者の課題]であったなら
一切の介入をしないこと
[自分の課題]であったならば、
全力で問題解決に取り組み、
他者には一切の介入を許さないこと。
このルールを守ってください。
以上です。
という非常にシンプルなものです。
実験好きの私は、当然試してみます。
でも、実践して見ると、結構大変!(笑)
以下は、私の体験ですが、
まず他者の課題に本当によく踏み込んでいたと気づかされます。
自分が良かれと思って言っていることは、
単なる正義感や価値観の押し付け
だったりすることが、
客観的にわかってくるんです。
だけども、、、
そうだとしても、、、、、
どうしても物申したい!!
習慣になっていた感情が
湧き上がってくるんです。
こうすべきだ!とか
失敗してほしくない!とか
色々な理由をつけて他者に干渉しようと
頭の中が、いつも騒ぎ続けてました。
今度は、自分の課題に一生懸命
取り組んでいた時のこと。
他者の介入をいかに許していたのかを
思い知ります。
むしろ積極的に受け入れてきたのでは
ないかと反省するほどです。
周囲の反応を気にしてばかりで、
自分を信じることができず、
いかに決断できない人間なのか
ということも、
嫌という程気づかされました
結果的に自分の感情と向き合うことを
100パーセント強いられてしまう
そんな課題の分離を
意識的に繰り返し実践
していたある日のこと。
急に腑に落ちる感覚があったんです。
自分がどうするのかを
決定できるのは、
自分ただ一人だけだったんだと。
たとえ誰かの意見に
無理矢理に従わされたとしても、
それは自分が他人の意見に従う
という選択を決断したということ
であって、自分以外の誰かに、
自分の決断をさせること
なんて出来ないんだ!
やっと、アドラーの言う課題の分離
が理解できた瞬間でした。
現在では自分の課題を意識的に分けて
自分が選択し決断するので、
昔では考えられないくらい
自分を尊重し、自分に優しくなりました。
それと同様に、
他者の決断したことも尊重できる
ようになり、人に優しくなりました。
まぁ・・・
以前よりはね!!!(笑)
寛容なる精神には程遠い・・
未だに、感情的になって
他者の課題に介入してしまう
こともあります。
実践すると言うことは、いつだって様々な結末がつきまうのです
そうそう!言いたかったことは
「期待してるよ!」
という発言は明らかに
他者の課題に介入している
行為だということ。
だから、好きじゃないんだよね・・
これが言いたかっただけなのに随分と長くなってしまった