(、、、よし、荷解きは済んだぞ、あとは部屋を整頓していこう)
石橋幸太は入居したてのアパートで黙々と引っ越し荷物の片付けを続けていた
幸太は大学に進学する為にとある地方都市に引っ越して来ていた
元々は別の地方都市で家族と共に暮らしていたのだが、大学入学を機にこの地方都市で一人暮らしを始める事になったのだ
初めての一人暮らしなら都会に出たいと考える若者が多い中、幸太は敢えてこの地方都市の大学を選んだ
それは将来の夢の為とかではない、別の動機からではあったが、、、
幸太は中学高校時代の6年間、スクールカーストの中位から下位に位置していた
昭和世代の人間には、スクールカーストと言われてもピンと来ないかもしれないが、少年時代の幸太は、クラスメイトの序列の中ではあまり良くない立ち位置にいたのだっだ
自分よりカースト上位のクラスメイトには愛想を振りまき、自分自身より下位のクラスメイトには尊大な態度を取る、クラス内の損得が常に序列によって決まっていた
幸太は中学校時代から続いた地元の同級生達によるこの暗黙の了解が大嫌いだった
そこで幸太は大学生活は過去の人間関係をリセットするつもりで、地元の同級生が誰も行きそうにない地方の大学を選んだのだ
社会問題的な少子化な事も有り、地方の私立大学には選り好みさえしなければ思っていたよりも簡単に合格出来た
この新天地で幸太は、高校時代までとは違う新たなを人間関係を創り出していく、、、筈だった
『よお?お前、幸太じゃねえか?お前もこの大学受けてたのか!何故教えなかった?』
入学式の日に背後から声をかけてきたのは、高校時代のクラスメイト、中川泰我だった
泰我は高校時代、スクールカーストの上位で、毎日のように下位のクラスメイトを揶揄しては楽しんでいた
幸太もまた、泰我に面白半分で何度となく絡まれた一人だった
(誰も知り合いが居ない大学に来たつもりが、よりによってなんで中川が、、、)
どうやら泰我は都会の志望大学に悉く落ちた後、浪人はしたくないからと仕方なくこの大学の二次募集を受験したようだった
入学式後は大学のオリエンテーションや履修科目の選択などで、あっという間にゴールデンウィークに突入した
地元が好きではなかった幸太は、大学一年目のゴールデンウィークは帰省しないつもりだったが、同じ地元の泰我に押し切られ、半ば強引に帰省させられた
帰省中も、同じ大学に進学した仲間だと言う理由で泰我に連れ回され、高校時代の同級生達との幸太とはノリの合わない馬鹿騒ぎに付き合わされた
その集まりは仲間同士対等な集まりではなく、高校時代のスクールカーストが卒業してもまだ健在なのを思い知らされるものだった
幸太にとって大学生活最初のゴールデンウィークは、全く気の安らぐものではなかったのだった
そしてゴールデンウィークが終わり、大学での授業が本格的に始まったある朝、幸太はこの大学にしては珍しく満席の講義室に一時限目から出席していた
そこに泰我がやって来た
泰我は三人掛けの通路側で受講の準備をしている幸太を見つけると、『真ん中に寄れや!』と半分命令口調で幸太を真ん中の空席に移動させ、通路側の座った
『この教授はテストが悪くても、出席さえすれば単位もらえるからな、早起きは辛いが(笑)』
泰我は昨夜も入学後に出来た仲間と夜更かししたようだった、何度となく生アクビをする
『そうだ幸太!来月の4日の夜開けとけよ、女の子二人と二対二で肝試しドライブに行くぞ!』
泰我は親に買ってもらった車の鍵のストラップホルダーを指先でクルクルと回しながらニヤけた
『泰我くん悪いけど、僕そう言うのは行きたくないから、、、』
『はあ?何言ってんだよ?陸や海都がバイトで来れないからお前を誘ってやってんだよ!お前も女の子と知り合えるチャンスなんだから有難く行くんだよ!」
泰我の誘いはほぼ強制の強引なものだった
その日の午後、大学の講義を終えた幸太は、まっすぐアパートに帰る気になれず、アパートのすぐ傍にある公園のベンチに腰掛けていた
(ああ、なんでだよ、、、地元のクラスメイトのノリが嫌いでこっちに来たのに、、、泰我のせいで高校時代よりも悪い日常じゃないか、、、)
ベンチでうつむく幸太の前に人が立つ気配がする
幸太が気配に気付き顔を上げると、花柄模様のロングワンピースを着た女性が立っていた
とても容姿の整った女性ではあったが、その花柄ワンピースにはなんとなくデザイン的に違和感のようなものを感じた
女性が無表情なまま幸太に話しかける
『征治さん、あなたを迎えに来たの』
『征治さん?いやいや、違いますけど?』
『そうね、あなたは征治さんではない、だけどあの部屋に住んでいるんだから征治さんの身代わりでしょう?さあ、行きましょう』
『え?身代わり?何の話か、、、』
《ドン!スルスルッ》
初対面の見知らぬ女性との謎の会話にフリーズしている幸太の足元に、サッカーボールが転がってきた
『スイマセーン!ボールが反れてしまって!』
離れたところでサッカーのパス練習をしていた子供達が幸太に声をかけてきた
幸太は『いくよ?はいっ!』とサッカーボールを少年達の方に蹴り返してやった
少年達は『有難う!』と幸太にお礼を言うと、再びパス練習を再開した
そして幸太は再び傍らに立つ花柄ワンピースの女性の方を振り返る
(、、、あれ?居ない)
それから数日後、大学の講義が午後からだった幸太は、近所のスーパーに買い物に出ようと部屋を出た
アパートの隣にある大家さんの家の庭に面する縁側で、数人の老人達が集まって談笑をしていた
『こんにちは』
大家さん達の集団に挨拶した幸太に、大家さんの奥さんが『学生さん、よかったらこっちでお茶でもいかが?鯛焼きもあるから』と声をかけてきた
ちょっと躊躇したが、人の良さそうな大家さん達だったので、幸太はお言葉に甘える事にした
大家さん達は古いアルバムを開いて昔話に花を咲かせていた様子だった
『おや?この建物?大家さんの家の隣みたいだけど、、あれ?』
大家さん『これは昭和時代のこのアパートだよ(笑)、昔は木造で各部屋にトイレはあったけど風呂はなかったんだよ』
幸太『へぇー、、、あ、この男の人』
大家さん『それはわしだ(笑)』幸太『このお祭りの集合写真、、』
他の老人達『わしらも写っとるぞ、、、みんな老けたのう(笑)』
アルバムのページをめくると、再びアパートの写真、、
(え??)
幸太は大家さん達におそるおそる質問する
『あの、、アパートの前で男の人と写っているこの花柄ワンピースの女性は?、、』
老人達『、、、、』
大家さんが重々しく口を開く
『その女性は当時このアパートに住んでいた征治くんの恋人で綾子さんだ、征治くんはとても人の良い学生さんで、町の清掃活動やお祭りなんかをよく手伝ってくれてね、就職で遠くに引っ越すまではわしらと兄弟分のように仲良くしたものだよ』
幸太『就職ですか、ならこちらの綾子さんも?』
大家さん『いや、、、征治くんが就職先で仕事が順調に進み出したら呼び寄せるからとの話だったんだが、、、、その後、征治くんは就職先で別の女性と結婚してしまってね、それを知って悲嘆に暮れた綾子さんはその後行方不明になって、、、最後に目撃されたのが、当時自殺者が多いと噂の樹海の近くだったそうだ、、』
幸太は再びアルバムの中の綾子さんと言う女性を見る、昨日公園で会った女性にそっくりだ
着ている昭和のデザインっぽい花柄ワンピースも昨日出会った女性のそれに似ている
その日の夜、幸太は昼間の事を不安に思い、気安め程度ではあったが自分のアパートの部屋のドアの前とベランダに面したガラス戸に盛り塩をした
不安と恐れから中々寝付けなかったが、、
『征治さん、征治さん、迎えに来たよ、さあ、あの場所に行きましょう!』
花柄ワンピースの女性が無表情のまま幸太に近づいてくる
『うわぁぁ!!僕は征治さんじゃない!来るな!』
花柄ワンピースの女性『知ってる、だけどこの部屋に住んでいるんだから征治さんの身代わりでしょう?』
《ガバッ!》
『はあっはあ、、、』(夢か、、、、)
ふと幸太はベランダに面したガラス戸のカーテンをかすかに開ける、、、
アパート近くの公園が見える、、、
その公園にポツンと立つ人影のようなものが見える、、、
こちらを向いているように、、、
いや、こちらを見ている!
翌朝、幸太は大家さんの家に駆け込むと、奇妙な花柄ワンピースの女性の話しを詳細に話した
会話の最初こそ、愛想笑いを浮かべていた大家さんだったが、幸太の話を聞いていくうちに深刻な表情になっていく
大家さんが話し始める、幸太の今入居しているアパートの部屋は、これまでも何故か入居者がすぐ引っ越してしまう事の多い、いわく付きの部屋だったのだ
しかしこれまでは花柄ワンピースの女性の噂が出た事などなかったのだが
途方に暮れる幸太に、大家さんは『この人なら君を救えるかもしれないから、ここに行きなさい』と、とある祈術師の住所をメモした紙を手渡す
大家さんとは学生時代少しだけ交流があったらしい、その祈術師の住居を幸太は藁にもすがる思いで訪ねた
『いらっしゃいませ石橋幸太さん、私は祈術師匠山の娘で楓と申します、あなたの大家さんからお電話で、大まかなお話はお聞きしております』
幸太と同じくらいの年齢と思われる若い女性が玄関先に現れた
客間に通された幸太の前に50代くらいの男性が現れる
『どうも幸太さん、私が当主の金倉匠山です』
大家さんと同期だった祈術師は昨年病気で亡くなり、今は一人息子だった匠山さんが祈術業を継いでいるとの話だった
幸太は匠山から花柄ワンピースの綾子と言う女性と遭遇した事について、事細かく質問を受けた
そして、、、
『幸太くん、この自宅の裏山に小さな御堂がある、まずそこに行こう』
御堂につくと匠山は神妙な面持ちで幸太に告げる
『この綾子さんと言う女の霊は、本来なら恋人だった征治さんを共に連れ去ろうとするはずでした しかしながら征治さんとは霊的な波長が合わずに連れ去れなかったのです その後綾子さんは悪霊となり思い出のあるあのアパートの近くを漂うようになりました アパートを改装した後もずっと何十年も、アパートのあの部屋に入る住人を征治さんの身代わりに連れ去ろうとしていたのです』
幸太『何十年もずっと、、なのに何故僕の前にだけ現れたのでしょうか?』
匠山『アパートのあの部屋に入居したとしても、たいていの人はあの女の霊との波長が合わず、体調不良や軽い精神疾患で退去する形で終わっていたのですが、不思議な事にたまにラジオと電波の周波数が会うように、幽霊と波長が会ってしまう人がいるんです、それが幸太くん、あなたです』
無言で心細そうにうつむく幸太に匠山が続ける
『幸太くん、今日の日没からあの女の除霊の祈術を終えるまで、この御堂の中に隠れていて欲しい 御堂の出入口の引き戸にはあの女が中に入れないように結界糸を張っておくから、、、いいね?引き戸を開けて結界糸が切れてしまえば君は女の悪霊にとり殺されてしまうよ? 引き戸は絶対開けないように!』
そう言うと、匠山とその娘は幸太を中に入れて御堂の引き戸を閉め、結界糸を張っていくような作業音がした
『幸太さん、しばらくの辛抱だから頑張ってね、父は必ずあなたを助けるから』
引き戸の外から匠山の娘、楓の声がした
匠山『さて、祭壇前に戻り除霊に移ろう、楓、一刻を争うから準備を手伝ってくれ』
日も暮れ、、御堂の中でうずくまる幸太の耳にあの花柄ワンピースの女の声が聞こえてきた
『征治さん、迎えに来たよ、一緒に行きましょう!、、、、征治さんの身代わりの幸太さん、出ていらっしゃい!!』
御堂の外からはっきりと聞こえてくる女の声に幸太は怯えてうずくまる
女の声が続く『幸太さん、あなたは征治さんの代わりに私と一緒に行かなければならないの、お願いだからこの戸を開けて!』
(い、いやだ!行きたくない!)
御堂の中で怯える幸太に女の悪霊は何度となく呼びかけてくる、、、『幸太、行こう!幸太行こう!』
(ああ、もう怖くて耐えられない、、、匠山さん、、早く!早く助けて!)
それから数時間が経過しただろうか、、、
引き戸の外から聞こえていた女の霊、綾子の言葉に変化が表れた
綾子『幸太さん、、早く、、、早く出てきて、、、私はあなたと一緒に行きたいの、、』
綾子『、、こ、幸太!!こんな術で私は、、、私は、、幸太!お前は私と、、私とあの場所に行くんだ!、、ああっ!』
(匠山さんの除霊の祈術が効いているんだ、、)
幸太に一筋の希望が見えた瞬間だった、、、
しかしその時!
『コラァ!幸太!ここにいるんだろうが!』
『やめて!今除霊の祈術中だから邪魔をしないで!』
聞き覚えのある二つの声、、、怒りの叫びを上げる泰我の声とそれを引き止めようとする楓の声
泰我は怒り狂った様子で幸太の籠もる御堂に迫る、、、
それを必死で阻止しようとする祈術師の娘楓
泰我は御堂の引き戸の前に立ち喚いた
『幸太!今日4日は肝試しドライブの約束だっただろうが!お前がすっぽかしたおかげで計画が全てオジャンだ!』
無言で御堂の中でうずくまる幸太に泰我が更に続ける
『お前は上手くすっぽかしたつもりだろうが、お前のアパートの大家にお前を心配する兄貴のフリをして聞き出したらここを教えてくれたよ!今から三つ四つ、いや、それ以上殴ってやる!』
引き戸の開けようとする泰我を必死で楓が静止する、、、
『きゃあっ!』《ドスン》
『このクソ女!邪魔するんじゃねぇ!』
御堂の外で楓が泰我に突き飛ばされた音を聞いた幸太は、自らが悪霊に狙われている危険な状況にもかかわらず立ち上がると、御堂の引き戸の前に向かった、、、
そして引き戸を開けようとしたその時 、外から泰我の独り言のような叫びが聞こえてきた
泰我『え?なんだよお前?、、』
『は?俺は征治なんかじゃねえよ!!』
『はぁ?!ここに居るから征治の身代わり?』
『い、いやだ!俺はお前なんかと、、行きたくない!そんな場所に行きたくない!来るな来るな!、、、ぎゃああぁあぁあ!!、、、』
泰我の叫び声がかき消された後、幸太は御堂の引き戸を開けた
御堂の出入口の段下には、怯えた表情で倒れ込む楓がいた 、、、泰我の姿は無かった
『はあっはあ、、、幸太くん、そして楓、二人は無事だったか』
息をきらしながら祈術師の匠山が御堂の前に駆け上がってきた
綾子の除霊はあともう少しのところまで来ていた
そんな時、怒り狂った泰我がこの御堂にやって来たのだった
匠山は救えなかった泰我の霊に黙祷すると、幸太に向き直る
『幸太くん、今後綾子の霊が君の前に現れる事はない、難しいとは思うが今夜の事はなかったかのようにこれからは生きて欲しい、泰我くんの事はこちらで後始末するから、、、』
翌朝、幸太はいつものようにアパートで朝を迎えた
大学に行き講義を受け、夕方は最近見つけた弁当屋でアルバイトをする
そんな毎日の幸太にも初めての彼女が出来た、弁当屋のアルバイトで知り合った楓と言う女性だった
幸太はその後もこの町で大学卒業までありきたりの生活を送った
幸太の記憶からはあの日の出来事はすっかり消え、泰我についての記憶も個人的な事情で大学を中退し、その後消息不明になっている事にすり変わっていた
そして数十年後
『ご苦労様でした!』
引っ越し業者を見送り、この春からアニメーションの専門学校に通う予定の西本燐菜は、梱包してある段ボールだらけの部屋を柔やかに見渡す
(今日からの3年間、この部屋が私の夢を叶える為の生活の場になるんだ!)
そしてその夜、、
『おい!幸太!迎えにきたぞ!今度こそ肝試しドライブに行くぞ、、ただ今度は少しだけ遠い場所だけどな(笑)』
『え?あたし?、、、あたしは幸太なんかじゃないんだけど、、、』
『わかってる、わかってるよ、だけどこの部屋に住んでいるんだから、あんたは幸太の身代わりになって、、、あの場所に俺と行くんだよ(笑)』