会津の飯森山。
自刃した19人の墓所があり、ここで自刃がなされた、という広場がある。案内の立て札によると、自刃した少年たちの亡骸を弔うことは新政府によって禁じられた。それでも埋葬した人たちがいて、いったんは罰として投獄されたものの、のちに赦免された、のだそうである。

思うに、少年たちが自刃に至ったのは、初陣で圧倒的な力の差をみせつけられ、無残な姿となった鶴ヶ城、戦火の城下を見て、おそらくは負傷も、もしかすると飢えもあって、正常な判断力が失われていた状態ではなかったのだろうか。
それは戦争の惨禍の一部ではあっても、忠義とかそのような言葉で飾られるべきではないと感じた。いや、死者を悪く言おうとするつもりはない。前途のあった少年たちがそのように死んで行ったのは本当に痛ましいことだが、美談仕立てにしてしまうのには違和感がある。
※鶴ヶ城まではかなりの距離があって、肉眼ではあそこにあるのか、という程度。その惨状を見て、というのは、望遠鏡でもあったのかな、などと思うが、せんないことである。

会津若松の駅まで戻ろうというので、栄螺堂からは裏側にあたるみやげもの街をちょっと見てみる。多種多様な品があるので、ちょっと気おされる感じ。ド平日でどの店もヒマなので、どんどん接客してくれてありがたいのだが、ちょっと困る。「白虎刀」という木製の模造刀(ちゃちい)と、昔ながらの木刀がまだまだ売っていたので、少し笑った。
親友Hは駅までは歩けるので、歩く、という。そうなの、でも行きのタクシーはワンメーターでは済まなかったけど。途中に「シャトレーゼ」の直売所があった。Hと顔を見合わせるが、おたがいに昨日「ままどおる」を買っていて、もう荷物を増やしたくない。残念ながらあきらめた。
※会津若松の駅に戻ったときに、「ままどおる」と着替え等はコインロッカーに入れてあったが、それでも。「ままどおる」は重いのである。さらに日持ちがしないので、おみやげにする場合は慎重を要する。
駅に着いた。見るとあと一分で郡山行きの電車が出る。イケるのでは、と思ったが、Hはこんなところで急いでもつまらない、ということで、次の電車、小一時間後までお茶でもしていよう、という。ただし、その次の電車というのはデッドエンドで、それを逃すと帰りの新幹線には間に合わない。
最初は眼についた「ミスタードーナツ」と言っていたのだが、どうもゆっくりできそうもないので、駅前ビルの2回にみつけた喫茶店に入ってみた。店内が異様に暑い(空調がきかない、とのこと)ということ、マスターが「ワンオペ」であるために飲みものがなかなか出てこない、という困った店だった。ただ、ちゃんとレモン果汁を炭酸水で割った正しいレモンスカッシュというのを久しぶりに飲んだことは書いておかないとならない。
やがて電車の時間。これは普通電車なのだが、しまった。これも混んでいるぞ。見たところ座れそうになり。私は荷物を座らせていた人にどけてもらってなんとか座ったが、Hは「あいづ1号」同様にずっと立っていることになった。どうも、脚にキビしい旅になった。