涙が出て仕方なかった。 共同通信記者の石川記者が、九州海星高校の生徒が自死したことを追っていくうちに、高校側が、それをひた隠し、遺族に「転校したことにしてほしい」などを提案、真相究明のために設置された第三者委員会が、いじめがあったと報告したにもかかわらず、高校側が認めない、などをつきとめる。さらに地元の長崎新聞が、真相を記事にしないことも知る。海星高校は、長崎新聞に頻繁に広告を出す「大切なお得意様」だからだ。そんな馴れ合いの関係を、記事にし、その詳細を出版する。
長崎新聞は、共同通信社に抗議。本来ならば、通信側は、ジャーナリズムの本来の精神に基づいて、それを跳ね返すはずだが、反対に陳謝する。これも、長崎新聞は共同通信社にとり「大切なスポンサー」であったからだ。
石川氏は、共同通信の幹部から、執拗な査問を受けることになる。著書を読めば分かるが、幹部は査問の理由、石川氏がなぜいけないことをしたのかを、説明できない。
記事の役を剥奪され、資料収集の閑職に、そして馘首に追いやられる。
現在も、裁判で争っている石川氏。
ジャーナリズムの本来の役割と、資本主義の利益追求とが、ぶつかり合った裁判とも言える。