今回は島倉千代子さんと田勢康弘さん、吉永みち子さん。吉永みち子さんと内館牧子さんのお話。
日比谷公園での南こうせつさんと島倉千代子さんの出会いの話などです。
さて、ファンの方はご存知かと思いますが、政治ジャーナリストの田勢康弘氏は1999年(平成11年)島倉千代子さんに密着取材をし「島倉千代子という人生」を出版しました。
当時大手書店でサイン会が開催され、出版パーティーも大々的に開催されました。
田勢さんは子供の頃に島倉千代子後援会にも入っていたそうですが、社会に出てジャーナリストとして活躍する中では、当然ながら島倉さんとの接点はありませんでした。
その田勢さんのことを島倉さんに紹介したのが共通の知人である吉永みち子さんだったそうです。
その吉永さんも、田勢さんに紹介する3年前(1995-6年頃)、ジャーナリストの黒田清氏の紹介で島倉千代子さんと知り合ったとのことです。
黒田さんは島倉さんが病気をしてすぐの頃にインタビューをして島倉さんと知り合い、一緒にカラオケに行くことになった際、吉永さんもカラオケに誘われていらっしゃっていたとのこと。

全く活躍していた場が違っていても、人と人との繋がりは偶然が重なってできていくのだと改めて思いました。
やはりどのような繋がりで、どのような出会いがあるか分からないのが人生ですから、細くてもいいので繋がっていれば新たな道が切り開けるのだと感じます。
その吉永みち子さんといえば、私が個人的にお世話になっていた脚本家の内館牧子さんと親友で、島倉さんと対談した時と同じ婦人公論に追悼メッセージを寄せていました。
正反対といえども共通する趣味にプロレス観戦があったそうで、お互いの分かり合える部分から、お互いの違いも認め合ってなんでも言い合える仲になっていった様子でした。
やはりどんなに仲良くても100%同じ考えの人間などいませんから、お互いの合う部分に焦点を当ててプラス思考で人付き合いするのが心地よい関係でいられるのではないかと思います。
合わない部分を強調しても対立するだけであまり良いことはないのではないでしょうか。
先月帝国ホテルで内館牧子さんのお別れ会が開かれ大勢の方が招かれており吉永みち子さんもいらっしゃっていました。
私も有難いことに招待され出席しましたが、舟木一夫さんや伊東四朗さんなど、島倉さんとも接点のある方々も出席されていました。
ちなみに私は内館牧子さん脚本の中で「塀の中の中学校」という作品が一番好きです。
このドラマの中で「人生いろいろ」を歌うシーンもあります。
帰りに帝国ホテルの向かいにある日比谷公園を初めて訪ねました。
お別れ会には昨年から凝っている着物を着て出席したので記念に📷
今回は初めて袴も穿いて行ったので少し不安でしたが、自分で結んだ袴の十文字結びも解けず無事に行ってこられました。
着物が似合うと周りに言われて若干調子に乗っていますσ(^^;)
日比谷公園といえば、島倉千代子さんは亡くなる年の5月11日に南こうせつさんの野外ライブが行われた日比谷公園内にある野外音楽堂に赴き、制作中の「からたちの小径」をリハーサル中に聞かせてもらったそうです。
それから約半年後に完成した「からたちの小径」はご自宅で吹き込まれ、その3日後、島倉千代子さんは息を引き取りました。
今聴いても、想いの詰まった奇跡の歌声に目頭が熱くなります。本当に何もかもが奇跡としか言いようがありません。
実は遡ること、その18年前(1995年)にも島倉さんは南さんの日比谷野外ライブに参加していました。
その時の映像です🎥
島倉千代子さんと南こうせつさんは20年近くご縁を大事にされてきたからこそ、最期の曲「からたちの小径」が生まれたのだと思います😌
私も大いに見習い、人と人とのご縁というのはこれからも大切にしていきたいと思います(*^^*)



