為政者には必ず善と悪の両面あり! | 脳溢血からのゆうき

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おはようございます。


増税国会が始まり、石原新党の話で報道も忙しい限りですが、政治には必ずしも善ばかりではありませんね…。「全部良い事ばかりは出来ないが、大勢の事を考えれば、必ずそれをやる事によって、陰で悪い人たちも出てしまう…」と大阪の橋下さんも言っています。


徳川15代の将軍の中で、徳川中興の祖といわれる8代将軍の吉宗が、享保の改革をやり財政を立て直しましたが、吉宗の改革は税の厳しい取り立てですよ!今でいう国税局の様な部署を設けて、全国の農民から年貢の取り立てをより厳しくやり国を持ち直しました。他方では小石川療養所や薬試園、いろは48組の町火消しの設立、目安箱の設置など…現在は良い事だけが表に出ていますが、文献によると当時は怨嗟の声もかなり出ていたようです。


そのあと天明の大飢饉が18世紀初頭に起こり、全国で30万人の餓死者が出たのです。そのことで時の老中の田沼意次は、農民から商人の優遇政治に変えて、上手くいかずに失脚します。その後、天保の改革の水野忠邦によって「再び国の安泰は農民の安泰に繋がり安定した税が見込める」と、水野は全国の世襲制の代官を40数人交代させて、新たな有能な代官を各地に送り込んだ。


その中の一人で、陸奥の国の塙(はにわ)代官になった寺西封元(たかもと)は、赴任するや過去に例を見ない土地の惨状に驚き、幕府から5千両を借り受けて農民に金を貸し、田畑を耕作する資金を大いに使って、当時は食えない為に生れて来た子供を間引きする風習に監視を付け、成長過程をいちいち報告させるようにして農民が安心するような政策をすることによって全村民が安心して暮らせるようにした!この結果、8年~10年余りで元に近い税収が上がったと…。


現在の政治には情けがまったく感じられない。取ることが前提で自分たちの襟を正す事をしない。こんな政治ではいずれ日本は崩壊しますよ。だから国民は橋下さんの様な政治家に期待をするのです!福島の塙市には現在も寺西封元の木造を安置して、助けられた子孫たちが華をたむけています。


為政者とは、「民に信頼される嘘をつかない人間」を指し示す言葉です。今の国会議員は経済(経世済民)の語源が解っているのですかね…?


また書きます。