これは面白い航空活劇~富永浩史『小説馬車馬戦記 ディエンビエンフー大作戦』 | 柏駅から70チェーン

これは面白い航空活劇~富永浩史『小説馬車馬戦記 ディエンビエンフー大作戦』

小説 馬車馬戦記 ディエンビエンフー大作戦 (AXIS LABEL) (あくしずレーベル)/富永浩史
¥1,000
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タワリシチ!
というわけで表題作である。
中味は航空活劇である。
舞台は、インドシナ戦争真っ只中の北ベトナムである。
くわえて主人公は、大祖国戦争にも参加した経験を持つ女性パイロットである!
こう来られたからには、すなわち要要要チェックなのである!!(拍手)

……実をいうと刊行当初に買いそびれて、今ごろになって読んだのですけれどね。

1952年、主人公マーシャ・カルチェンコ大尉は、独立を目指してフランス植民地主義と戦っているベトミンを支援すべく、軍事顧問団の一員として北ベトナムへと送り込まれる。だが現地で主人公を待っていたのは、単独飛行すらおぼつかない訓練生と二機の軽飛行機。しかも本国からは、ガソリンこそ送られてきたものの、飛行機は一機も来ない。結局ウヤムヤのうちに、マーシャはベトミン支援どころか、自分がフランス軍を相手に戦う羽目になる。

ソビエト軍に興味を持つ人というのは、趣味的にもディープ(深い)人が少なくない。本書の著者ならびにイラストレーターもその手に漏れず、ネタの多さと利用の仕方は、読者をして倦ませることがない(「ロスケ」嫌いの残留日本兵も出てきます)。ところどころに入る戦争の推移に関する解説は、同時期に朝鮮戦争が世界の耳目を集めていたことの影響も踏まえており、その点で「国際情勢も財政・経済状況も無視して無茶な設定に走る日本軍モノ架空戦記」の痛々しさとは完全に一線を画している……というか、イタイ作品ばっかりの架空戦記と混同しちゃいけないんだろうな、この作品は。エンターテインメントとして鑑賞できるという点で、むしろライトノベルズの括りに入れて評価すべきだろう。というか、ありていに言ってライトノベルズの中でもきわめて面白い方に属します。ハイ。

さて物語。始めのうちこそタイガーモスやMS500を利用するマーシャだが、やはり航空作戦の継続には戦闘機がなければと考える。そこに折りよく、奪回した倉庫に旧日本軍の戦闘機が残っているかもしれないという情報が入る。そこで向った先に待っていたのは、とても飛ばすことなど叶わぬほどに朽ちた一式戦だった。……そこから先は本書でどうぞ。

主人公の可愛さもいいですが、同行の政治将校イリーナが、情(百合的な意味合いのそれも含む)とイデオロギーの狭間で揺れる描写も見所です。イデオロギーと言えば、作品の中に「何か反革命的な相談でもありましたか」とか「では唯物史観にもとづき教訓を弁証法的にですね」というセリフまわしがあるのですが、欲を言えば「レーニンによれば、何々はすなわちカクカクシカジカなんだそうです。『何をなすべきか』にちゃんと書いてあります」みたいなセリフのあった方が、より雰囲気が出せたんじゃないかな。まぁそれはとにかく、マーシャやイリーナの言動には、たとえば『極光のかげに――シベリア俘虜記』(高杉一郎、岩波文庫、1991)に描かれているような善良な方のロシア人の姿がオーバーラップして見えてきます。この点が、本作品がエンターテインメントとして良質な作品となったキモではないかと思います。よくあるような、いささかの悪意を以て描かれる類型的ソ連軍人とは全く異なる人間臭さがいいんです。

歴史的な流れや事実は変更せず、その隙間に主人公たちを忍び込ませて存分に活躍させる。その醍醐味を、本作品は十分に味わうことができます。ソ連が好きとか嫌いとか、そういう話なんかどうでも良くなってくると思います、多分。

というわけで同志諸君!ダ スヴィダーニァ!