祭礼、カタストロフィー | toeの占星術的視点

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私は1999から西洋占星術に関わっています。リーディングでは、その経験の中で見えてきた各テキストの解釈の裏にある共通点のようなものを大切にしています。このブログでは、その視点による占星術の記事を紹介していきます。



【祭礼、カタストロフィー】


お祭り(祭礼)について占星術的視点を。


祭礼の意義は、人は定住化と共に秩序という枠組みによって、本来の荒々しい生命力を抑圧されてしまい、その一時的解放として機能するという説があります。


つまり祭りの時だけ、人は本来の剥き出しの生命力を回復する。なるほど祭礼には反秩序的な要素や痕跡が多々見られますね。


この祭礼の意義は、人間社会の構造ですから、私の占星術的解釈では人間関係を表示するカーディナルの範疇として考えてみましょう。


社会性や秩序化された集団、習慣や風習を供えた共同体といえば、カーディナル サインの『かに座』『やぎ座』ですね。


『かに座』は集団の情緒面を内包していますが『かに座』の裏『やぎ座』は乾いていてクール、同じ共同体に関するサインでも『やぎ座』はその辺りは割り切っている。だから『やぎ座』で割り切れなかった感情の受け皿としても『かに座』は機能してしまう。


そんな『かに座』が抑圧している『おひつじ座』はまさに素の人間性。『おひつじ座』の子供じみた感性を『かに座』が大人風を吹かせて諌める。そんな『かに座』の共同体が抑圧していた『おひつじ座』の火種が引火して『しし座』が爆発する。


つまり祭りは『しし座』の爆発です。


『しし座』祭っぽくないですか?『しし座』の危なかっしさと人間臭さ。祭で、はしゃぐ人たちの姿に重なりません?


『かに座』からの『しし座』への移行で、『おひつじ座』はトラインとなり『かに座』からの抑圧が解放させる。さらに『いて座』とのトラインは、祭りによって自分が所属する共同体のカルチャーが台無しになることで、より自由な視点が手に入る。または祭りのトランス状態により、より高次な世界を垣間見てしまう。どちらにしても『いて座』は俯瞰視点を手に入れる訳です。


水のエレメントは私の占い方法では、忍耐の感情を表示します。共同体がもたらす安穏を享受するために自由な自我を我慢する。その忍耐はフラストレーションを生じさせ、我慢の限界を超えた時、火のエレメントが爆発する仕組みが、サインの水から火への移行です。


では『やぎ座』から『みずがめ座』は祭りに移行しないのか?やはり土から風の移行は理論的過ぎる。祭りのもつ高揚感は火のエレメントでなくては役不足でしょう。『やぎ座』から『みずがめ座』への移行は何が起こるのか?この解釈はまた別の機会に。