一
半年ぶりで遇った友人とも知人ともつかない男は、十九郎の知らないけばけばした若い女を連れていた。電車のドアが開くと同時に勢いよく飛びこんで来たこの女連れは学生時代の顔見知りであった。偶然電車が一緒になったところで話すような間柄でもなかったが、十九郎があまりにぼうっとドアの方向を見ていて、ドアが開いた途端、音が鳴るように二人の目線がかちりと合ったので、相手の男は十九郎に声をかける必要を感じたらしかった。
「久しぶり」
「おお」
十九郎は努めて驚いたような声を出した。車内はほとんど満員の乗客で、移動する事もできなかった。二人は話し始めた。
「いま何してる?」
「うーん」
十九郎は考え込むふりをしてから答えた。
「電車に、乗っているとか」
二人は示し合せたように同じだけ笑った。間が空かないうちに今度は十九郎が訊いた。
「三村君は、卒業してから何してるんだっけ?」
「僕? 僕も電車に。でも僕は三村じゃなくて三谷なんだけどね」
三谷は笑いながらこう訂正した。わざと名前を間違えて呼んだ十九郎は、悪びれるポーズをとってからもう一度同じ質問をかけた。
「三谷君は、いま何を?」
三谷は質問に答える代りに、鞄から財布を取り出して、その中から名刺を出した。そしてそれを恭しく差し出すようにして寄越した。
「へえ。ゴルフ用品店で働いているのか。場所は?」
「名古屋駅の西口すぐのところで。ゴルフ始めようと思ったら、声かけてよ」
「ゴルフか。紳士のイメージだし、是非やりたいな。いつになるかちょっとわからないけど」
三谷が前にのめる気色を見せたので、十九郎は、当面はゴルフを始めるつもりがないという意思を表わさなければならなくなった。少しの間があって、再び十九郎が切り出した。
「今日はどこに?」
「僕たちは次の駅で降りるよ」
やや早口に降りる駅だけ答えた三谷は、どうやら目的地について言いたくないようだった。十九郎はあと一分もしないうちに到着する駅が彼らの降りるべき駅だと知って内心ほっとした。
「もう着くな。そういえば、三谷君は僕の名前って覚えてる?」
「橋本君。橋本秀哉君」
三谷は間を置かず、得意そうに名前まで言い当てたうえ、こう切り返した。
「僕の下の名前は覚えてるかな」
電車の速度が緩まって完全に停車する寸前に、十九郎は「一郎」とはっきり答えた。タイミング良くドアが開いた。三谷は笑いながら電車の外へ出て行き、ふり返って十九郎の手に持っていた名刺を指差した。十九郎は気がついたように名刺に目を落した。そのままドアが閉まった。連れの女は一度も口を利かなかった。
半年ぶりで遇った友人とも知人ともつかない男は、十九郎の知らないけばけばした若い女を連れていた。電車のドアが開くと同時に勢いよく飛びこんで来たこの女連れは学生時代の顔見知りであった。偶然電車が一緒になったところで話すような間柄でもなかったが、十九郎があまりにぼうっとドアの方向を見ていて、ドアが開いた途端、音が鳴るように二人の目線がかちりと合ったので、相手の男は十九郎に声をかける必要を感じたらしかった。
「久しぶり」
「おお」
十九郎は努めて驚いたような声を出した。車内はほとんど満員の乗客で、移動する事もできなかった。二人は話し始めた。
「いま何してる?」
「うーん」
十九郎は考え込むふりをしてから答えた。
「電車に、乗っているとか」
二人は示し合せたように同じだけ笑った。間が空かないうちに今度は十九郎が訊いた。
「三村君は、卒業してから何してるんだっけ?」
「僕? 僕も電車に。でも僕は三村じゃなくて三谷なんだけどね」
三谷は笑いながらこう訂正した。わざと名前を間違えて呼んだ十九郎は、悪びれるポーズをとってからもう一度同じ質問をかけた。
「三谷君は、いま何を?」
三谷は質問に答える代りに、鞄から財布を取り出して、その中から名刺を出した。そしてそれを恭しく差し出すようにして寄越した。
「へえ。ゴルフ用品店で働いているのか。場所は?」
「名古屋駅の西口すぐのところで。ゴルフ始めようと思ったら、声かけてよ」
「ゴルフか。紳士のイメージだし、是非やりたいな。いつになるかちょっとわからないけど」
三谷が前にのめる気色を見せたので、十九郎は、当面はゴルフを始めるつもりがないという意思を表わさなければならなくなった。少しの間があって、再び十九郎が切り出した。
「今日はどこに?」
「僕たちは次の駅で降りるよ」
やや早口に降りる駅だけ答えた三谷は、どうやら目的地について言いたくないようだった。十九郎はあと一分もしないうちに到着する駅が彼らの降りるべき駅だと知って内心ほっとした。
「もう着くな。そういえば、三谷君は僕の名前って覚えてる?」
「橋本君。橋本秀哉君」
三谷は間を置かず、得意そうに名前まで言い当てたうえ、こう切り返した。
「僕の下の名前は覚えてるかな」
電車の速度が緩まって完全に停車する寸前に、十九郎は「一郎」とはっきり答えた。タイミング良くドアが開いた。三谷は笑いながら電車の外へ出て行き、ふり返って十九郎の手に持っていた名刺を指差した。十九郎は気がついたように名刺に目を落した。そのままドアが閉まった。連れの女は一度も口を利かなかった。