最近ブログの記事がバイトのネタばかりになってしまって(個人的に)つまらないので、たまには関係ないどうでもいいことをぼやく



①ブームなのか?

最近やたらと色んな言葉に「力」という字が付いた『~力』という言葉をよく目にする



例えば

「地頭力」「女力」「就活力」「妊娠力」など


始めは一部の間でのみ使用されていたが、最近では企業の社長や政治家なども社針、マニフェスト、著書などでこの表現を用いる風潮が高まってきた

今やこの「力」をつけた言葉の表現は、一時的なブームから文化の領域までその根を下ろしつつある


しかし
ちょっとまて


これにはずっと前からかなり違和感があった

例えば「女力」だが

そもそも「女」に力という字をつけて熟語とするのが何かがおかしい

女力とは主に

・化粧の上手さ
・内面の美しさ
・美の追求


など
他にもあるらしいが

そういうものを総合して女力とするらしい


化粧の上手さは技術の高低としてまだ理解できるのだが

これらは言わば
女性らしくあろうという意識のパラメータであって


その意識の高さうんぬんをまとめてそのまま「力」としてしまうことは論理の飛躍ではないだろうか



さらに「妊娠力」


この言葉は今日インターネットで見掛けて、この記事を書くきっかけにもなったのだが




妊娠はあくまでも現象である


自分の力でこの自然の摂理をどうにかできるなら産婦人科などこの世には必要ない

そしてこの言葉が載っていた広告にはこう記されていた


「あなたの妊娠力は高!子沢山に恵まれます!」



色々と突っ込みたい箇所はあるが


まず一つ

「妊娠力」という言葉を勝手に定義しておいてその定義が曖昧すぎる

子供をたくさん生める元来の体力を指すのか

受精後、着床した後の流産しにくさ、安産になりやすさを指すのか

それとも単純に大量の子種を得る力、即ちどれだけ雌犬(ビッチ)なのかを指すのか



理系の人間として定義があやふやなものには腹が立ってしまうのが性分である


そしてもう一つ

「子沢山に恵まれる」

この表現はかなり引っ掛かるのだが


「子沢山になる」
「多くの子宝に恵まれる」


としたほうが適切だろう


広告という不特定多数の人間が目にするメディアでいい加減な日本語を平気で使える広告業者の神経を疑う



まぁ話が横道にそれたが

要は何でも「力」をつければそれらしく聞こえてしまう、それをいいことに次々と自分に都合のいい訳の分からない言葉をつくるなと言いたいのだ



そして使う方も使う方だ


こういう単語を平気で使うことは、マスメディアに踊らされる自分の愚かさと無知を公衆に晒しているようなものだ



恥を知れ



こういった奴はもう少し人間力を磨け




「あっ」





②お金の使い道


『人間は一度に大量のお金を手にすると、舞い上がった挙げ句その場で大小もろとも失禁する』

—ソレナンテ・エ・ロゲ(1764~1835)



今までに一度も自由に使える大金を手にしたことがなかったので

いざ手に入れると何に使うべきか迷いまくる


使い道は死ぬ程ある


食費にするもよし
趣味に費やすもよし
服に回すもよし
貯金するもよし



迷う迷う



個人的に
自分がいわゆる「付き合い」で金を使うことはないし

学費も奨学金やら親族の皆様からの援助で何とかなってはいるので

殆どを趣味に回せるのだが



デカい買い物をするのが怖いのだ


例えば思い切ってBOSEの高級イヤホンを買うとしよう



これが自分の好みと違ったらどうするか


どこかに置いてきたりでもしたらどうするのか


災害に巻き込まれてイヤホンもろともガレキの下敷きになってしまうのではないか



不安が絶えない


つまり


いくらお金を持っていようが、思い切った買い物ができないのだ



自分がチキンというのもあるが

何よりも私はチキンだ


大金モチアルク コワイ




金はちまちま使うべきか
思い切ってドカンと使うべきか

それとも一切使わず、全てを貯めておくべきか




私は今ハムレットよりも重大な選択を迫られている






というわけで
金は大事に使おう(?)



うぬ
長々とすまんそん


つかりーた