
理由はいくつかあるんですが、
一番大きいのは
「何を書けばいいのか分からなくなった」
からでした。
忙しいわけでもない。
ネタがないわけでもない。
発信が嫌いになったわけでもない。
でも、いざ書こうとすると手が止まる。
これ、分かる人には分かると思います。
以前の私は、
発信=役割でした。
届けなきゃ
価値を出さなきゃ
学びを書かなきゃ
誰かの役に立たなきゃ
そんな気持ちで書いていたし、
それが自然でもありました。
でも最近、
その“自然だったはずのこと”に
小さな違和感が出てきたんです。
人にどう見られるかを考えて書く。
いいね
の数を少しだけ気にする。
ちゃんとしている自分を表現する。
どれも間違ってはいない。
むしろ当たり前のこと。
だけど、
心の奥の方が静かに言うんです。
「それ、本当に今の自分?」って。
ここ数年、私自身の、
働き方も、生き方も、
関わる人も、時間の使い方も、
大きく変わりました。
頑張ることが正解だった時期もあった。
拡大することが正義だった時期もあった。
影響力を持つことに意味を感じていた時期もあった。
でも、ある地点を越えたあたりから、
違う感覚が芽生え始めたんです。
「もう、がんばり続けなくていい」
「ここからは、自分のペースでいい」
「誰かの期待に応える人生じゃなくていい」
SNSの世界って、
どうしても“動いている人”が正解に見える。
毎日投稿している人。
常に何かに挑戦している人。
結果を出し続けている人。
すごいなと思うし、尊敬もする。
でも同時に、
そこに合わせようとすると
自分の呼吸が浅くなる感覚があったんです。
実は、
止まっていたわけじゃないんです。
むしろ逆で、
ものすごく深く潜っていました。
自分は何を大切にして生きたいのか。
どんな人と関わりたいのか。
どんな仕事の形が心地いいのか。
外に答えを探すのではなく、
内側に問い続ける時間。
自分の中に必ずあるであろう答えを、
ずっと探り続けるのは、
それ相当の覚悟がいるし至難の業です。
その過程で、
何度も思いました。
「あれ、今までの私って
誰かの期待の中で生きてた?」って。
いい人でいよう。
できる人でいよう。
導く側でいよう。
気づかないうちに
“役割の自分”が大きくなっていた。
でも本当は、
もっと不器用で、
もっと揺れていて、
もっと人間くさい。
最近facebookが書けなかったのは、
発信する言葉がなかったんじゃなくて、
“本当の自分の言葉以外、書きたくなくなった”
ただそれだけだったんだと思います。
同じように感じている人、
きっと少なくないはず。
うまく言葉にできないけど
なんとなくズレてきている感覚。
今までのやり方が
急にしっくりこなくなる瞬間。
でもそれって、
間違いでも停滞でもなくて、
「次のステージに入る前の静けさ」
なんじゃないかと思うんです。
これからどうするのか。
大きな宣言があるわけじゃないし、
劇的に何かを変えるつもりもない。
ただ一つだけ、
はっきり決めたことがあります。
もう、
誰かの正解では生きない。
もう、
役割に自分を合わせない。
もう、
違和感を見ないふりをしない。
私はこれから、
自分のマイミッションに従って生きていきます。
派手じゃなくていい。
分かる人にだけ届けばいい。
それでも、
心が静かに「これだ」と言う方向へ。
そう決めたら、
やっとまた書ける気がしてきました。
ここアメブロは、私らしく発信できる場なので、
どんなふうに自分と向き合ったのかを、
こちらで書いていきますね!!







