お雛祭りも、とっくに過ぎ・・・3月も、もう半ばになってしまいました。
どうして、私のブログはいつもこんな書き出しなのでしょう。
時間泥棒に追いかけられているのでしょうか?
はい、そうだと思います。(自己解決、はやっ!^^;)
年度末、研修やレッスンの準備(春はシーズンです)
合気道昇級審査お稽古、やることやりたいこと山積み・・・
おまけに先日、ANA飛び職OGで運営されている白鷺会
の
コーディネーター(お世話係)をしないか、と先輩からラブコールが・・・
普通だったら、お断りするのですが、お世話になった、かつ、大好きな
先輩からのオファーにNOというのは難しいのです。
こう見えても(どう見える?)結構、浪花節的性格ですので。
これは4月から2年間の任期なので、まだ始まってはいませんが、
既にもうプレッシャーに・・・(苦笑)
さて、前ふり長すぎましたが、本題に入りますと、
先週末はゲシュタルトセラピーとフォーカシングのコラボWSに
参加してきました。
土日2日間あったのですが、刺激が強かったのか、脳みそが疲れたのか、
1日目終えて夜半から熱が出て(知恵熱か?
)2日目は断念。
でも1日だけでも十分収穫はありました。
ファシリテーターは百武正嗣先生(御本人は「先生」とは呼ばないで
ほしいらしい)と池見陽先生。
百武氏は、ゲシュタルトセラピストとして御活躍の他、
日本フェルデンクライス協会の理事で、私にとっては
フェルデンクライスの先輩プラクティショナーでもあります。
池見氏は関西大学教授で、フォーカシング指向心理療法家です。
私は、産業カウンセラー協会主催や、池見先生ご自身主催の
フォーカシングセミナーを何度か受講しました。
初めて受けてから、もう7年ぐらいになるでしょうか。
日本では有名なロジャーズの傾聴だけでは、何となくしっくりこず、
身体寄りのフォーカシングが私は好きなのです。
とはいえ、池見先生によると、実際のロジャーズは実は、とても
身体寄り、つまり自分の身体の感覚、気づきを大切にしたそうなのです。
というわけで、私にとって、それぞれ御縁のあったお二人ですが
ゲシュタルトセラピーだけは体験したことがありませんでした。
何冊かゲシュタルトセラピーの本は読んだことはありましたが、
これは体験とは言いませんね。
「今ここで」はないわけですから。
ゲシュタルトセラピーを開発したパールズ博士とフェルデンクライス
博士はアメリカのエサレン研究所でそれぞれワークショップをしたり、
共通の知人友人が少なからずいて、ある時、お二人は
「同じことを違う切り口からしている」とお互い気づいたそうです。
で、「いつかコラボをやりましょう・・・」(と仰ったかどうかは別として)
「いつかお会いしましょう・・・」と連絡は取り合っていたようですが、
ご高齢だったためか、実現しなかったという話を聞いた事があります。
共通点は「今ここでの気づきのワーク」
とにかく面白かったのです。
ゲシュタルトのエンプティーチェア、この時は和室だったので
エンプティ座布団でした。(笑)

クライアント役の人に座布団を置かせて、問題の人との関係性を
距離感や位置関係でもって図るわけですが・・・たいへん興味深いもの
でした。
そういえば似たようなことを、フェルデンクライスの訓練生だった時、
クラスでしたことを思い出しました。
私のフェルデンクライスの師匠、フランク・ワイルドマン博士は
心理学者でもあるわけですが、彼は『近接対人空間学』というもので
博士号を取ったとおっさっていました。
ふーん、人との距離感、座布団との距離感、ですな。
そして「相手の立場に成り替わる」ということで、実際に
座布団座ること、行ったり来たり。
その場に「今ここで」座ることによって、その人の心情に
主観的客観的になる、ということです。
実際のセッションが何度か行われたのですが、ゲシュタルトの
セッションが結構、重いものだったにもかかわらず、見ていて
百武氏の淡々ぶりが「すごいなー」と思ったので、最後の質疑応答の
ときに
「なんでそんなに、とぼけられるのですか?共感すると引っ張られる
ことはないのですか?」
と本音で聞いてみました。
百武氏と参加者の皆さんから、ちょっと失笑されましたが、
まじめに答えて下さいました。
「その時のクライアントの問題は自分が既に解決している必要がある」
ということでした。
池見先生にもフォーカシングのセッション事例でお聞きしてみました。
すると「共感というより追体験」ということでした。
ロジャーズは「共感」よりも「自己一致」を大切にされたそうです。
言葉のかけ方も勉強になりました。
私の気づきとしては、やはり
「言葉は上手に使わないとあかんなぁ」
ということでした。
【今回の気づきの言葉 私の備忘録】
池見先生: ・言葉では含みきれないものがある。
・何を感じているのか、本当のことは言えない。
・人生はわからないうちに過ぎていく。
・一歩あゆむごとに、生は自らの生をつくっていく。
・心理療法とは自分を振り返る場。
百武先生: ・人間であれ、動物であれ、植物であれ、それぞれ
選択して生きている。
・植物でも、必要なことに対して動く能力がある。
・自分が決めている。
「植物も生き方を選択している」という百武先生の言葉で
思いだしたことがあります。
ずっとずっと昔、私がまだ十代の頃です。
祖父の友人の高僧と一緒に山に登っているときに、竹林をみて
仰った言葉です。
「よろしいか、竹は60年きっかりに花を咲かせる。だから60歳を還暦と
言うんやで。暦が替わるんや。」
竹もそういう選択をして生きているんでしょうね。
私も一瞬一瞬を選択して、人生を楽しんでいきたいです。
