『成功の反対は何もしないことです』
もう一度いいます。
『成功の反対は何もしないことです』
失敗は成功に至るまでの必須条件です。
失敗のない人生に成功もありません。
失敗したときに
それでも続けるか。
そこで止めてしまうか。
当たり前のようですが、どんな人でも失敗はしています。
失敗は成功するまでのデータベースのようなものです。
失敗が成功に変わるきっかけを与えてくれることはあっても、
何もしなければ成功は絶対にありません。
ということは、以前のブログでも書きましたが、
何かチャレンジしたいことがあるなら
失敗を恐れずになんでもトライしてみたほうがよさそうですよね。
人生一回しかないですから後悔しないようにトライしてみたら良いと思います。
時間がたてば失敗のたいていのことは笑い話です。
こういうお話をすると、成功は望んでいない。
平凡普通が一番良いという人も多いです。
平凡普通を望むすべての人へ。
今の世の中、平凡でいることは本当に難しいと思います。
平凡でいるための努力も相当必要な時代ですよ。
昔やっていたことが今では通じないということも多々あります。
こちらも以前ブログで書きましたが、常識と思っている価値観は絶えず変わります。
それにあわせて自分も変化しておかないと、どんどんどんどん朽ち果ててしまいます。
「変わりたくないなら、変わり続けないといけないのですね」
今日はここまで♪
何かのきっかけになったら嬉しいです。
人間の脳は主語認識をしません。
自分の言葉は一番自分に入ってきます。
今の人格を作っているのは自分自身かも。
今日はそんなお話です。
怒りっぽい人は、普段から怒るような言葉を使っています。
人相の悪い人は言葉遣いも悪いです。
ネガティブな人はネガティブな言葉をよく使っています。
ポジティブな人はポジティブな言葉を多用しているそうです。
自分で自分の言葉を意識する機会もなかなかないと思いますが、みなさんはいかがでしょうか??
ポジティブな言葉を自然に自分に向けたいですが、それには少しナルシストにならないと難しいかも。
自分のことを自分で褒めてあげるような感覚ですから、慣れるまでは中々難しい。
日本人は謙虚さが美徳とされている環境で育っているから、より抵抗もあるかもしれません。
では、素直にポジティブな言葉を投げかけるにはどうしたらいいのか??
答えは簡単
『他人を褒めるんです』
冒頭に書きましたが人間の言葉は主語認識をしません。
人に投げかけた言葉がそのまま自分に入ってくるんです。
言われた相手は謙遜して受け取らなくても、人間の脳は主語認識をしませんから、言われた人以上に自分がその言葉を受け取っているんです。
そしてできることならば、名詞よりも動詞に着目して言葉を使うといいかも。
名スピーカーと呼ばれる人たちは、名詞よりも動詞を。しかも自動詞をよく使っているそうです。
ちょっと脱線しますが、人に対する言葉の影響力も他動詞や名詞よりも自動詞のほうが強いそうです。
CMのキャッチコピーなんかも自動詞が結構使われていますよ。
JR東海の「そうだ京都に行こう」とか最強のフレーズですよね。
他人を巻き込みながら言葉の臨場感で周りを惹きつけるスピーカーほど自動詞をよく使っているそうです。
当然自信の脳にも効果があるみたい。
自動詞で他人を褒める。
なんかちょっと難しいので、まずは人を褒めるところからでOK!
イマイチ調子に乗れない時、気分が上がらない時には自分の使っている言葉を見なおしてみるのもいいと思いますね。
自分自身をその気にさせるためにもうまく言葉を使っていきたいですね。
自分の言葉は一番自分に入ってきます。
今の人格を作っているのは自分自身かも。
今日はそんなお話です。
怒りっぽい人は、普段から怒るような言葉を使っています。
人相の悪い人は言葉遣いも悪いです。
ネガティブな人はネガティブな言葉をよく使っています。
ポジティブな人はポジティブな言葉を多用しているそうです。
自分で自分の言葉を意識する機会もなかなかないと思いますが、みなさんはいかがでしょうか??
ポジティブな言葉を自然に自分に向けたいですが、それには少しナルシストにならないと難しいかも。
自分のことを自分で褒めてあげるような感覚ですから、慣れるまでは中々難しい。
日本人は謙虚さが美徳とされている環境で育っているから、より抵抗もあるかもしれません。
では、素直にポジティブな言葉を投げかけるにはどうしたらいいのか??
答えは簡単
『他人を褒めるんです』
冒頭に書きましたが人間の言葉は主語認識をしません。
人に投げかけた言葉がそのまま自分に入ってくるんです。
言われた相手は謙遜して受け取らなくても、人間の脳は主語認識をしませんから、言われた人以上に自分がその言葉を受け取っているんです。
そしてできることならば、名詞よりも動詞に着目して言葉を使うといいかも。
名スピーカーと呼ばれる人たちは、名詞よりも動詞を。しかも自動詞をよく使っているそうです。
ちょっと脱線しますが、人に対する言葉の影響力も他動詞や名詞よりも自動詞のほうが強いそうです。
CMのキャッチコピーなんかも自動詞が結構使われていますよ。
JR東海の「そうだ京都に行こう」とか最強のフレーズですよね。
他人を巻き込みながら言葉の臨場感で周りを惹きつけるスピーカーほど自動詞をよく使っているそうです。
当然自信の脳にも効果があるみたい。
自動詞で他人を褒める。
なんかちょっと難しいので、まずは人を褒めるところからでOK!
イマイチ調子に乗れない時、気分が上がらない時には自分の使っている言葉を見なおしてみるのもいいと思いますね。
自分自身をその気にさせるためにもうまく言葉を使っていきたいですね。
世の中には常識と良識があります。
常識とは社会全体が当たり前としている価値観です。
良識とは健全な判断力です。
常識は常に変わります。
国、社会情勢、会社、コミュニティー、付き合う人々等々によって絶えず変わっているものです。
自分では当たり前と思っていたことが、別の場所に行ったら全然当たり前じゃなかったということは多々経験したことがあると思います。
良識は普遍的なものに近いと思います。
人を殺してはいけない。
ものを盗んではいけない。
困っている人がいるなら手を差し伸べる等々。
常識的にはできないけど、良識に従えばやったほうが良いことも多々あると思います。
また、インターネットやSNSが普及した現在では、常識的なものよりも良識的なものが伝播しているような気がします。
名言とか良い話とか。
今あなたが持っている常識はどんなものがあるでしょうか?
今あなたが持っている良識はどんなものがあるでしょうか?
良識に基づいて判断していますでしょうか?
それとも常識に基づいて判断しているでしょうか?
僕は長いこと常識というものに囚われていました。
自分自身はこうなのにな。正しいのになと思っていたことでも、社会的には違うと否定される環境にいたことがありました。
周りが言っているから僕の判断が間違っているのかなと考えて、周りに合わせていましたが、心のなかはモヤモヤモヤモヤ。。。
あるとき環境がガラリと変わる出会いがありました。
僕の目から見たら常識的ではない。これはいけないことだ。
そう思うことがその環境では常識でした。
僕は盛大に悩みました。
今までの価値観が根本的に崩された気がしました。
はじめはその環境を非常識なものとして受け止めて、僕を否定してきた周りの人と同じようにその環境を否定しながら付き合っていました。
否定しながらも心はモヤモヤ。
そんな中で時間は流れ、ある時にこの2つの違いを聞いたんですね。
その時、腑に落ちました。
自分の良識では世間で非常識と言われていることを正しいと認識していて、新しい環境はその非常識が常識なんだと。
そして、自分の良識はその非常識な環境を正しいものと思っているんだと。
今まで否定していた自分を認められない気持ちも大きかったですが、常識って環境でこんなにも大きく変わるものだとわかった時に、良識に基づいて行動することが自分にとって大切なことだと気づきました。
そこから、俗にいう常識は疑ってかかっています(笑)。
囚われなくなるとすごく楽なんです。
世間の言う常識ってなんなんですかね?
もし、それに囚われて苦しい思いをしているならば、良識ある判断に基づいて環境を変えてみるのもいいかもしれませんね。
非常識が良識なことは結構多いですよ。
常識とは社会全体が当たり前としている価値観です。
良識とは健全な判断力です。
常識は常に変わります。
国、社会情勢、会社、コミュニティー、付き合う人々等々によって絶えず変わっているものです。
自分では当たり前と思っていたことが、別の場所に行ったら全然当たり前じゃなかったということは多々経験したことがあると思います。
良識は普遍的なものに近いと思います。
人を殺してはいけない。
ものを盗んではいけない。
困っている人がいるなら手を差し伸べる等々。
常識的にはできないけど、良識に従えばやったほうが良いことも多々あると思います。
また、インターネットやSNSが普及した現在では、常識的なものよりも良識的なものが伝播しているような気がします。
名言とか良い話とか。
今あなたが持っている常識はどんなものがあるでしょうか?
今あなたが持っている良識はどんなものがあるでしょうか?
良識に基づいて判断していますでしょうか?
それとも常識に基づいて判断しているでしょうか?
僕は長いこと常識というものに囚われていました。
自分自身はこうなのにな。正しいのになと思っていたことでも、社会的には違うと否定される環境にいたことがありました。
周りが言っているから僕の判断が間違っているのかなと考えて、周りに合わせていましたが、心のなかはモヤモヤモヤモヤ。。。
あるとき環境がガラリと変わる出会いがありました。
僕の目から見たら常識的ではない。これはいけないことだ。
そう思うことがその環境では常識でした。
僕は盛大に悩みました。
今までの価値観が根本的に崩された気がしました。
はじめはその環境を非常識なものとして受け止めて、僕を否定してきた周りの人と同じようにその環境を否定しながら付き合っていました。
否定しながらも心はモヤモヤ。
そんな中で時間は流れ、ある時にこの2つの違いを聞いたんですね。
その時、腑に落ちました。
自分の良識では世間で非常識と言われていることを正しいと認識していて、新しい環境はその非常識が常識なんだと。
そして、自分の良識はその非常識な環境を正しいものと思っているんだと。
今まで否定していた自分を認められない気持ちも大きかったですが、常識って環境でこんなにも大きく変わるものだとわかった時に、良識に基づいて行動することが自分にとって大切なことだと気づきました。
そこから、俗にいう常識は疑ってかかっています(笑)。
囚われなくなるとすごく楽なんです。
世間の言う常識ってなんなんですかね?
もし、それに囚われて苦しい思いをしているならば、良識ある判断に基づいて環境を変えてみるのもいいかもしれませんね。
非常識が良識なことは結構多いですよ。