昨日から環境が少し変わりまして


と言うのも、前の前の職場に期間限定で戻っております。
人生何が起きるか、ほんっとわかんないですね(笑)


半年間だけなのですが、精一杯頑張ります。


さて、兄の話なんですが


実は僕たち家族は本当に仲の良い家族だ、と周りの方々に言っていただけるのですが


もちろんそれは事実だと思います。
これは親のおかげです。


でも、似てるからこそ、好きだからこそ、ぶつかるとこって結構あるんですよね。


昨日は仕事から家に帰ると、兄や父が夕飯を兼ねての晩酌をしていました。


僕はこの2人のやりとりが、はっきり言うと嫌いなのです。


思いのぶつかり合いとは言え、兄の言動や態度には理解できないところがあるからです。


父に対してももちろん思うところはあります。頑固なんでね。笑


でも、親って変わらない。
いや、変えなくて良いんじゃないかと僕は思います。
子どもが親を変えるなんて、と思ってしまうから。


今まで育ててもらった恩がある限り、偉そうなこと、親に対して言いたくないってのが本音。


もちろん僕も喧嘩する時はあります。
わかってもらいたくてたまらない時にね。


でも、親には喜んでもらいたいじゃないですか。
それがベースなんですよ。


自分がもし結婚して、子どもを授かって、その子が大きくなるに連れ、自分に角が立つような言い方をしてくる。


そんなこと、親の気持ちになったら、ぜったいされたくないと思うんですよね。


子どもから学ぶことはたくさんあるでしょうが、僕は自分の刺すような言葉で親に学んで欲しいとは思わない。


とまぁこれ序章のつもりがこんなに書いてしまったというね(笑)


そう、兄はちょっとキツいとこがあるのです。
(周りからはお前もやと突っ込まれそうですが。笑)


でもそんな兄は、とても人気者でもあります。


彼は気さくで社交的、ユーモアがあって誰からも好かれるので友達も多い。
そんな、僕には持ち合わせていない徳分を得ているのです。


僕だって、そんな兄の弟であることが誇りでした。


昨日の晩酌中、僕はほとんど黙って聞いてました。
ただひたすら食べ、2人のやりとりにまた腹が立ち、でも黙って堪え、またひたすら食べました。


すると、兄の地元の友達がやってきました。


彼の凄さはここにある。


呼べばふらっと寄ってきてくれる友達がいつでもいる強さ。
僕には無い強さ。


我が家は宗教というバックボーンがあり、世間からは様々な目で評価されるわけですが


彼の友達にはそういった偏見や固定概念は全くなく、むしろ宗教家である兄を慕って、惹かれて、接しているように見えます。


兄だけではありません。
僕の兄姉はみんな、人間関係がものすごく上手い。
素敵な人たちばかりなのです。
尊敬します。



とまぁ思うままに書きましたが


僕は兄のことが大嫌いであり、憧れている、ということですね。


もしかしたら家族ってそういうものかも知れませんね~


あーすっきりした。
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今日もしっかり心の勉強してきます!
みなさま、素直が神の望みですよー!笑
アンニョーーン!

ごぶさたっすぅー!!
って毎回言うてるよね(笑)


よし、また頑張ってBlog再開しようと思います。


ってこれ書き出したらまたみんな見てくれんのかな?笑


まずは近況を。こほん。


えー、妹尾はただいま実家に帰ってまいりました!! ありがとーありがとー!!


本当にたくさんの経験をさせてもらって実家に舞い戻ったわけですが、


ここからが問題です。


その経験を活かせてるかどうかです。笑


人間、その環境に甘んじてしまうんですね。
身を以てよーーーーくわかりました。


なので今は自分のリズムを見つけつつ、自分のできる事を確実にすることを目標にしています。



さて、


「いつまでもあると思うな親と金」


とはよく言ったものですね。
そんな親にまつわるわたくしの考え事です。


僕は甥っ子や姪っ子が多かったり、子どもに音楽を教えたりすることもあって、割と子どもに接する機会が多い人間だと思います。


そんな僕が大切にしていること。


親の言うことを聞きなさい、と子どもに教えることです。


親は、少々やりにくいものです。
あーしろこーしろ、あれだめこれだめ、はやくしなさいあーだこーだ。


みんな一つくらい思い当たりますよね(笑)


でも、今になって思うのは


親のすること言うことは、すべて子どものためを思ってのことだってこと。


なんか当たり前のことのように聞こえますが、意外と当時は気づかないもんです。


じゃー試しに子どもの夢を叶えてあげたとして…


好きなだけ好きなもの買っていいよ!!
お菓子もたーんと食べて、嫌いなごはんがあれば残しちゃえ!!
お風呂も面倒なら入らなくていいし、宿題も勉強も将来使わないからしなくていいよ!!
片付けもいらん!! 騒げ!! あそべー!!


そうなればきっと、ものを大切にしない。虫歯もできるし、からだも不潔。栄養かたよって病気になるかもね。学校でもそんな自由奔放すぎると友だちは離れ、勉強から逃げると努力することを忘れるでしょう。


まぁ極端ですが(笑)


親はそうなってほしくないから、自分で管理できない子どもにいろんなことを教えてくれたり忠告してくれたりするものです。


子どもの頃にはもちろん中々気づけないでしょうが、それが分かるようになった今、親の言うことを聞いて損はないのだと、子どもに教え続けてあげたいのです。


そして気付いたことがもう一点!!


僕ら大人にだって親はいます。
大きく言えば神様です。


神様は人生の中でいくつもの試練に形を変えて、僕らの目の前に現れる。


それは時には悲しみや怒りを連れて、つらいことや悔しいことを連れて、病気を連れてくることもあるでしょう。


でもそれは、すべて子どものためにしてくれる親と同じ気持ちでしてくれてるんじゃないでしょうか。


自分の思いのままに過ごせば楽しいかもしれないが


人生には様々な逆境があってこそ、人を思いやれる大きな成長を遂げることができるのだ。


これからもいろんなこと、乗り越えていきたいなーと思いました!!

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まったく、親の心子知らずですな(笑)


今日はオーバーナイト勤務、夜勤です。
いってきま~す!!

短い人生の中で、最も楽しいことは、
自分の心の波長と合う人との出会いです。
- 稲盛和夫




ぼくは小さい頃ずっと家の中で遊んでいたから、よく家族や周りの人には心配されていました。


小学校に入っても人見知りで引っ込み思案なぼくは、自分からみんなの輪に入れずに、常に受身状態。


中学校では自分を悪く見せることで仲間意識を作り、みんながやるからやる。そこに自分の意志はなかったんじゃないかな。


高校では群れるより1人でいることを好み、あまり自分の中身を知られないようにしてた。なにをしても面白くなくて人のせい周りのせい環境のせい、すべて自分以外のせいにしてたから。


とまぁ否定的に書いてますけど、それなりには楽しんでいましたからご安心を。笑


でもここぐらいからかな、やっぱり1人になることによっていろんなことを考えるようになったのは。
そして、その思いを話せば真剣に聞いてくれるような友達がその中でもだんだんと現れはじめた。


自分の深い部分を共有した人とは、目には見えないけど、でも、そこには確かな繋がりができる。


大学。そうやって自分の思いを話すことが多くなった。聞いてくれる優しい仲間ができて、またその人たちの考え方や行動に心を動かされることがたびたびあったから、余計にいろんな人の話を聞くのが面白くなってきた。


みんなそれぞれ悩み抜いて人生を歩んでる。


同じ悩みや同じ境遇の人とはそれだけ話す時間も増えて、お互いに求めるようになってくる。


そうして社会人のようなことも4年ほどさせていただき、さらにたくさんの人間関係ができた。


今のぼくにはかけがえのないともだちがたくさんいます。


であえて良かったと心から思える人たちがたくさんいます。


今思えば、これは自分から心を開いたからなんだなーと思います。
だから相手も真剣に向き合ってくれたんだろうと。
相手に求めるよりも、まずは自分から。


人生を豊かにしてくれるのは人。
人なくしてはあり得ない。


人はたいせつ。人はたから。


当たり前に周りで支えてくれてる人たちを当たり前と思わず、自分の人生を彩ってくれてる最高の巡り合わせとして、感謝の念を忘れずに生きていきたい。


これから出会う人たちもいると考えると、楽しみばかりである。


ただ、波長の合わない人もいてこその人生だということを忘れないように。
むしろそういった人たちが自分を成長させてくれてるのだから。

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今日も晴天!! がんばりまっせー!!


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人はすぐに大切なものが当たり前になって、


感謝することを忘れてしまう。


よくあると思います。


思えばこの健康なからだだって、当たり前のようで実はすごく絶妙。


体温は36.5に保たれ、今までの人生の中で心臓や内臓が休んだ日は一日もない。


髪や爪だって、切ってもまたはえてきてくれる。切りっぱなしだったら大変だよね。深爪なんてした日にゃ(笑)


すり傷や切り傷ができても自然に皮膚がくっついてくれるし、風邪を引いてからだのバランスが崩れても、僕たちのからだにはがんばって働いてくれる抗体があったりして。


生きてるってすごい奇跡だなーって思います。


まずは今こうして生かされてることだけでも、有難いことなんだなーって忘れたくないですよね。


周りにいる家族や友達もです。


今不自由なく住む家もあって着る服もあって食べることもできて、


失わないと中々気づけないんだけどね、


でも、こうして

「もしもなかったら」

を考えることで少しでも毎日に感謝できるんじゃないかなーってね。


さ、今日はどんな一日になるかな。
たくさんのことに気づける一日になるといいな。

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あーこの季節ツツジがきれいだわ。



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どーもお久しぶりです~


ぼくは元気にやってます。


相変わらず言葉にするのが下手くそで、ここに書くのもいつも諦めてしまうんです。笑


頭の中をとにかく話すから、なにが言いたいかわからなくなるんですよね…笑


最近、ぼくは自分の信仰についてよく考えています。


ご存知の方もおられますが、ぼくの実家は天理教の教会なんですね。
そんな中で育ちました。


この歳になると痛感しますが、天理教の教えにはだいぶ救われてきましたね。
とても素敵な信仰だと思います。


辛いとき苦しいとき、神様が自分にプレゼントをくれてるんだ、と乗り切れたことがたくさんあります。


だからその分、自分の経験した分だけですけど、人にアドバイスもできるようになりました。有難いことです。


でも、今までは自分のために神様を信じてきたように思います。


天理教の教えは「人をたすけること」そして「陽気ぐらし」をすることなんですよね。


だから人のために一生懸命動けるような自分になりたいと、今は心の底から思います。


自分のための信仰で立ち止まっていてはもったいない。
やはり1人でも多くの人にぼくは心が救われてほしいと思うからです。


宗教と言えば、日本では煙たがられますし、無神論者の方もたくさんおられますが、


そんなに神様を否定しなくてもいいんじゃないかなーと思います♪


この世の中は目に見えないものによって動かされてる。
そしてそれをみなさんも信じてると思います。


愛情、信頼、希望、運命、例えばですけどこういったものに支えられた経験ってありますよね。


そう考えたら、目に見えないものを信じる力を人ってのは元々持ってるものなんだとぼくは思うのです。


神様を信じるのが偉いとか、そーゆーことは思わないです。
でも信じることで救われることはたしかにあります。


ぼくは子どもができても言うでしょう。


「それは神様がお前にあたえてくれた宝物だよ。お父さんも一緒に考えるから、大切にしような。」


そうして子どもたちにも生きる希望や意味を掴んでもらいたいから。


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