やっぱりぼくには、環境の変化がとても大切だと思う。


でもそれは、同時に「逃げ」であるとも感じる。


でもいいんだ。


やってみないとわからないことは、人生たくさんあると思うし、むしろそんなことしか無いと思う。


昔なにかで読んだんだけど、考える人ってのは孤独だって言ってた。


ぼくは昔から考えることが自分の財産だと思ってたし、どんなに答えのない悩みだったとしても、たくさん考えてきた。


考えるのが自分なんだって。


だから、人一倍周りが気になるし、相手の気持ちを深読みする癖もある。


考えれば考えるほど何を信じればよいのかわからなくなったりして


自暴自棄、自己卑下、こんなことがよくある人間だった。


でも、そんな不信を抱かせるまでもなく、ぼくを巻き込んで楽しませてくれる人との出逢いもたくさんもらった。


楽しくて嬉しくて仕方ないという心を、いっぱいくれる繋がりができた。


それは感謝してもしきれなくて、その人たちが大好きですし、ぼくの自慢であり誇りでもある。


だがしかし、ぼくはそこからまた、もっともっとと欲を出してしまう人間だということも、よーくわかった。


それがぼくの厄介な「クセ」である。


欲、欲しがる、こーいったことはある意味では「向上心、ハングリー精神」であるし、ある意味では「強欲、独占欲、不満、自制心の欠如」につながるのかな。


そんな自分が、自分で悔しいのも事実。


なんとかせねば。こう思う。


慣れるから有り難みが薄れるんだ、とね。


だからぼくは少し違う環境に飛びこんで、今の環境がいかに有り難いかを、身をもって感じれるようにしようと思います。

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うー、海に行きたいっすー!


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お久しぶりっすのセオパリッシュです。


お元気ですか、みなさん。


ぼくは元気ですが、日々、相変わらずあがったりさがったりしながら精一杯生きてます。笑


今に始まったことじゃないッすけどね!




最近は人との繋がりを大切にしたいと、改めて感じてるのです。


あまり好き嫌いせずに、できるだけいろんな人と、できるだけたくさんの人と関わりを持とうと思うんだよね。


中にはあまり好きじゃ無い内容の話をする人もいるんですが、これもまた勉強、視野を広くする為の勉強だ!と思って聞いています。


きっとこの繋がりや話が、いつかの自分の為になると思います。



ここ最近の繋がりには本当に元気をもらっています。さすがの夏っすね。笑


普段はないイベントがやっぱり夏の力を借りてじゃんじゃん舞い込んでくる。


有り難く、嬉しいことですよねー



家族とBBQしたり、幼なじみと飲みに行ったり、高校の親友ともサシで飲んだし、

地元宇治の水害復旧作業で出会った兄貴の友だち、寮での先輩・後輩・同期、学生時代の友だちと飲んで話して、


高校生100人の前で司会もしたし(笑)、寮でビアガーデン開催もした。


本当にいろいろなところで「僕」という人間をめきめきと成長させてくれてる。




出会いは「財産」だと思う。

人生を豊かにしてくれるのは、人との繋がりだと思う。



でもその繋がりから、時にはもちろん気分が沈む日もあって、うまくいかないと頭を抱える日もあるんだけど、


でも応援してくれてる人もいっぱいいるなって、こんな顔ばっかしてられねぇーな!って最近思います。



そうやって穏やかに過ごせる日を、時間を、少しでも多く作れるように努力したいものですね。


あーねむたー
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ふぅ。うまくいってほしいことが、なんだか思うようにいかないので、ちょっと休憩です。w




みなさまいかがお過ごしでしょうか。



僕はと言えば、最近は勤務も落ち着き?いや、やることはいっぱいあるんだけど、勝手に落ち着いてるだけです。


そう、現実逃避ってやつですね。わろた。




んーそうだなー、、、みんな後輩ってどうやって教えてる??w


今年度から、4年目にして初めて直属の後輩ができたのです。


今まで自分がすれば良かったことを、今度はやってもらわないといけないんですよね。


これがまた大変で難しい。舐めてました。



もちろん後輩君はすごく頑張ってくれてる。


そりゃあ1年目で、まだ?(もう?)3ヶ月目で、初めてのことだらけだもんね。


僕だって1年してやっと要領が分かって、2年目で求められる以上はさせてもらおうって意気込んで、3年目になってやってきたことをしっかり結果に残そうってなんでも首突っ込んでやってたですよ。


誰でも最初からできる人なんていないですよねーん。


でも僕、今年度で退職予定なので、今やってること知っておいてもらわないと嫌なんです。


彼はとてもしんどいだろうけど、知らなかったら絶対来年困るじゃんね!


でもやらないと分からないことばっかだから、説明しても多分ちんのぷんのかんのぷんだと思うんすけどね。w





というか、僕が一番伝えたいのは「心」なんです。


なんでこれはこうするのか、これにはどういった意味があるのか、これをされて相手はどう思うのか、こちらは何を伝えたいのか、どういった心持ちで仕事をするのか、


僕はそういったことを伝えたい。


それが分かればやってる仕事のほとんどはできると思う。


言われたことをただやるのではなく、そこにしっかりと「心」を添える。


さすれば自然と字は上達し、礼儀が身につき、敬語が話せて、作業に丁寧さがあらわれる。


相手に喜んでもらえるようにって、自分なりに考えて考えて考えて動くのです。


「やりがい」って自分で作るものだと思いますから。それができないと長く勤めるのは困難でしょう。


どうせやるなら、楽しんでやってもらいたい。どんどん疑問をぶつけて、どうすれば良くなっていくのか考えてほしい。





この話すると止まらなくなるのでやめておきますけど、w


なかなかね!やっぱ心を伝えるのって難しいんだ!


だって心はそれぞれに持ってるもので、感じ方もそれぞれでしょ??


そこに「共感」してもらうってのは、とっても難しい。


あー、でもそこにまた「やりがい」ってのがあるのかもしれないですね♪





よしっ!頑張ります!



みなさまも心豊かに!

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僕の家に住んでいたおっちゃんが、亡くなりました。


風邪⁇からの肺炎⁇からの、あっさりと。


僕が生まれる前から家にいて、教会の信者さんやねんけど、


64歳かな、彼の人生はあっけなく終わってしまいました。


嫁さんも子どももいなくて、酒グセ悪かったり、子どもみたいに偉そうやったりw


お母さんと同じ歳やねんけど、俺ら子どもからもすっげー偉そうに接せられたりしてw


でも俺らが大人になるころには、ダメダメなおっちゃんやったけど、それがかわいく見えたりして


不器用なだけやったし、やっぱりおっちゃんは教会にいて良かったと思うし、救われたと思うし、


だれがなんと言おうと、やっぱり家族やったよな。


いろいろあったけど、俺ら家族は、教会に住んでるものは、助けられたこといっぱいある。


なんでも、下手くそやけどやってくれたもん。文句言わず。
あ、たまに文句言うてたかw


下手くそでもいるといないとじゃ全然違うんや。


大切な一員なんや。


涙は出ないけど、俺の年齢と同じだけの年数を教会で過ごしてくれた。


身内じゃないから勤務は休めないけど、やっぱり最後のお別れ言いに行かなきゃね。



ってことで勤務終わって寮の寮会が終わって即効実家に帰ってきました。


滞在時間はほんの一時間、、、も無かったけど、会えて良かった。


最後に顔見れて良かった。


俺らの家族がそのおっちゃんの為に集って、葬儀とか接待とかの力になって動いて、血は繋がってないけど強い思いは色々に感じた。


人がいなくなるのはとてもさみしい。


人はなくしてから気づくことが多いけど、なるべくなくす前に気づいておきたいことですよね。なんでも。




山ちゃん、26年間お世話になりました。(俺はね!w話)
ありがとう。安らかに。






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テスト。できんじゃん。

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