出版元の了承を得て次の拙文をアップします。
書評、エンツォ・トラヴェルソ著、渡辺由利子訳『ガザについて歴史は何を語りうるか』(青土社、2025年)『公明新聞』、2026年2月9日付 5面
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ガザでのジェノサイドをイスラエルの自衛権の行使の名のもとに擁護する人々がいる。またシオニズムへの批判、イスラエルへの批判は、反ユダヤ主義だという言説をイスラエルが、そして、その支持者たちが広めようとしている。

 

だが、イスラエルの政策への批判は、反ユダヤ主義ではない。これほど当たり前の事実を述べなければならないほど、議論が錯綜している。

 

同じように、2023年10月に起きたハマスによるイスラエル攻撃を単なるテロとする解説や報道も続いている。イスラエルが文明の守護者であり、パレスチナ人が野蛮とテロの代表であるかのような構図が、イスラエルによって提示され、それが欧米の支持者たちによって、受け入れられ広められてきた。

 

本書は、こうした議論に対する反論である。解説の振りをした誤解を、多くの場合は理解を誤らせるための確信犯的な誤言説を著者のトラヴェルソは、ひとつひとつ論破する。ガザの長年にわたるイスラエルによる封鎖という文脈を踏まえずに、パレスチナ人の行為は理解できないと。

 

だが本書の議論は、単なる反論ではない。それを越えて、こうした言説がなぜ生まれ受け入れられ再生産され流布されてきたのかを語っている。議論は、欧米の知的風土にまで踏み込んでゆく。

 

率直に評して議論は高度だ。相当な知識を前提としている。しかしながら、幸いにも訳文は透明かつ平明だ。翻訳者の力量と、この作業に注ぎこまれた熱量の大きさを想像させる。そして本書は、イタリアの知識人の考察の紹介としても貴重だ。

 

文末の解説も、シオニストによるホロコーストの意味と意義のすり替えや政治的な利用に言及するなど刺激的だ。また著者の議論の前提に挑戦するなど、単なる解説の域を超えた論考だ。著者、翻訳者、解説者、そして出版元が、それぞれのスタイルで、ガザで進行する悲劇を告発している。書物を著すという行為が、現状に対する抵抗の一つの形だ、と再確認させてくれる。
 

 

『ガザについて歴史は何を語りうるか』
 青土社2860円

(著)エンツォ・トラヴェルソ コーネル大学教授。

(訳)わたなべゆりこ 図書館勤務。専門はイタリア文学。

 

-了-