事実と真実はちがう | じーじのひとりごと

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第二の人生を歩むじーじが日々感じたことを自由に書いてます。

 

今話題の「流浪の月」を読んだ。
2020年の本屋大賞受賞作品だ。

とっても奇妙な気持ち
というんだろうか?

悲惨な物語なのに、なぜか大きなぬくもりを感じる
そんな物語だった。

(引用・ネタバレがあります。これから読む人は注意してください)

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休日のファミリーレストラン
少女(梨花)の向かいには、一組の男女(文と更紗)が座っている。

少女が携帯電話を手に立ち上がると、隣のテーブルの会話が止んだ。
男の子たちの視線はスカートからすんなりと伸びた少女の足に貼りついている。

男の子のひとりが少女の足に見とれながら言う。

「ほそっ、やばい」
「あーあ、うちの高校にもあれくらいのレベルの女の子がいてほしいよな」

「今の子、中学生じゃね?」
「高校生だろ?」

「メイクで大人っぽく見せてんだよ」
「まじか。俺らロリコンじゃん」

「おまえ、幼女誘拐とかしそうだな」
「そういえば去年もちっさい女の子の誘拐事件あったよな」

全員が携帯電話を取り出して、検索しはじめた。

「うわ、なんか悲惨なのが見つかったぞ。
 九歳の女の子を誘惑した大学生の男が逮捕される瞬間だ。
 ほらこれ動画。
 めっちゃ女の子泣いてるし」

『ふみいいい、ふみいいい』

「ロリコンなんて病気だよな。全員死刑にしてやりゃあいいのに」

「けどさあ、この『ふみ』って犯人の名前なんじゃないの?」
「なんで誘拐された子が犯人の名前呼ぶんだよ」

「けど犯人の名前、佐伯文だってさ」

「ていうか、その事件えぐい続きがあるぞ。
 犯人は当時十九歳の佐伯文で、誘拐されたのは九歳の家内更紗ちゃん。

 二ヶ月監禁されて、逮捕のときはもう犯人にえらい懐いてて、
 十年以上経ったあと刑務所出た佐伯と一緒に暮らしはじめたんだって」

「は?なんで?」
「子供のころにがっつり洗脳されて抜け出せなかった、って書いてある」

「めっちゃこええー」
「この女の子の人生めちゃくちゃじゃん」

「けどこうなると誘拐した犯人もされた女も、どっちも病気だな」
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これが、事実

世の中では、これが事実として人の心に刻まれているばかりか、
インターネット上には歴然と記録されている。

消えることはない。

しかし

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『ふみいいい、ふみいいい』

繰り返される幼女の泣き声に、高校生たちは気味悪そうに聞き入っている。

その病気の犯人と女が自分たちのすぐ隣で普通にコーヒーを飲んでいるとは気づかずに。

梨花が今度は聞こえるように言った

「うっさいな。店の中で動画の音出すなってつうの」
「・・・・誰も、なんも、知らないくせに」


去年の冬休み、三人で食事をしているときふいに梨花が泣き出したことがあった。

何かあったのかと訊いても答えず、帰り際にようやくインターネットを見たと言った。

ぼくと更紗の過去を知ったのだ。

もう会いたくない言われるのを覚悟したが、

――文くんは、そんな人じゃないのに。

――文くんと更紗ちゃんは、すごくすごく優しいのに。

ぼたぼた涙をこぼす梨花を、更紗は黙って抱きしめた。

ふたりの姿を前に、ぼくは言葉にできない気持ちに胸を占領された。
苦しいほどのそれを逃すために、なにもない宙へと小さく息を吐く。

これだけインターネットが発達した世の中で、ぼくと更紗が完全に忘れ去られることはないのだろう。

生きている限り、ぼくたちは過去の記録の亡霊から解き放たれることはない。

それはもうあきらめた。あきらめることは苦しいけれど得意だ。

けれど悔し泣きをしている梨花と、その梨花を抱きしめている更紗を見たとき、
そんな苦しさも、吐き出した息と一緒に空へと放たれていくように感じた。


事実と真実はちがう。


そのことを、ぼくという当事者以外でわかってくれる人がふたりもいる。

最初に更紗、次に梨花。

ぼくが一時期関わった幼い少女ふたりの、今ではそれぞれ大人びた横顔を、ぼくは言葉にできない気持ちで見つめていた。

――もういいだろう?

――これ以上、なにを望むことがある?

腹の底から、ぼくはそう思えたのだ。
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人と人とのかかわり、それは一人ひとりちがう。
いろいろなかたちがって当たり前。

その間に、だれも入ることなんかできない。

お互いが望んでいて
そこに居場所があり
安心があり
憩いがあるなら

他人がとやかく言うことは許されない。

他人からは決して見えない世界が存在する。

そんなことを感じました。

そして、どうしようもなく
あったかい あったかい 気持ちが
私の中に生まれてくる物語でした。

まだ、読んでいない方は、ぜひお読みください。