気がつけば高齢者
2ヶ月に1回、通院している。
今年初めての、総合病院。
バスが到着すると、カードをかざし、割引き券も提示する。
100円ほど安くなり、しかも、路線バスより乗車時間が短い。
もっぱら、コミュニティーバスを利用している。
高齢者も、大切に扱われるようになった。
電車では、よく席を譲られ、よろこんだり困ったり。
こちらは、きょうは体調が良いから運動のつもりで、立っていこうと決め、足にチカラを込める。
すると、「どうぞ」とばかりに肩をたたかれる。
どうしようと、一瞬迷い、しかし、人の善意は素直に受け入れることにしている。
さて、楽チンはいいが、一向に筋力体力は鍛えられない。
ジレンマではないが、これでいいかと、従っている。
しかし、体調不良や疲れがきついときは、やはり、譲られた方が、からだも気持ちも助かり、高齢者の特権をありがたいと思わずにはいられない。
助かった。
つい、本音が出てしまう。
遠出など、長時間の乗車には、立ちっぱなしはキツイ。
つい、空いた席を探すことになる。
いつもは、乗車口に陣取り、乗り降りが楽に出来るように、ドア越しに景色を見たりしている。
危機一髪ではないが、上下線のすれ違いの時は、ドアがブルブルと振動し、たまに驚かされるるが、このくらいの冒険も、いい刺激と思っている。
相変わらず、体力、食欲、好奇心も、衰えが出てきて、いつ、底をつくかと気にかけつつ、時には悲観的想像をしてしまう。
だいじょうぶか。
それでも、人は生きなければならない。
どこらしょっと、腰を据え、まだまだと抵抗する自分を、励ましながら、きょうも生きている。
やれやれ、どこまで行けばいいのか。
寿命の尽きるまで、最終地点の分からないどこかえ連れて行かれるのかと、不安になったり、期待したり。
墓場までとは、気が引けるが、天国なら、まあいいかと、自らを慰めている。
<今日の良い出来事>
溜まった資料の整理整頓に、手こずりながら片付けをした。
新聞紙や小冊子、雑誌など、数年分が無造作に置かれていた。
少しずつ不要、必要と分け、どうにか一部だけが片づいた。
やれやれ、廊下まで物で埋まれ、行き来に邪魔になる。
多少、住みやすくなった自室を見ながら、自分はなにをやってきたのかと、ため息が出た。
まだまだ、片付けは続けねば、やがてゴミ屋敷化となってしまいそう。
一応は済んだ。
あとは、部屋や家屋全体の片付けを、完成せねば。
何年掛かるだろう。
浦島太郎になりそうだ。