あの日から一年の時を刻む、祈りの日が訪れました。
それでも「あの日」と呼べるほど遠い日の出来事にはできておらず、
今なお明確な道筋を示せないまま、復興への歩みは間怠さを極めています。
「被災地のためになら何でもしよう」と、人々の頭から震災以外のことがすべて消えたあの日。
時が経ち、震災で出たガレキの処分を受け入れ側がためらうという、人間の醜さが出ています。
今は、復興を遅々とさせる「ガレキ」というものに変わってしまったけど、
もともとそれは町そのものであり、社会の営みの基盤そのものだったわけです。
すべての都道府県が総力を挙げて取り組まない限り、解決の策はない。
うわべだけの支え合いではなく、ただの施しでもない、本質的な協調が必要になる。
私たちには、できることより、できないことの方がはるかに多い。
それでも、その僅かな "できること" へ全力で取り組まなければいけない。
昨年、実際に現地へ行き、目の当たりにして感じたのは、たとえ微力であっても、
そんなマンパワーによる小さな作業の積み重ねでしか、未来への道は切り拓けないということ。
心に留めるためだけではなく、前に進んでいくために、この日を忘れないでいよう。
持続可能な社会を目指し、未来を選ぶ時がきています。
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まず、その地に立っておかなければならないと思った。
無力な自分への慰めと、ささやかな許しです。