報国寺に行ってきました。

鎌倉駅東口から京急バス4番線に乗り金沢八景行、鎌倉霊園正門太刀洗行等に乗り約8分、浄明寺バス停で降ります。そこから少し戻って滑川の橋を渡り徒歩3分程の場所にあります。私は駅から鶴岡八幡宮の中を抜けて歩いて向かいました。30分程掛かりました。


旅行ガイドブック「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で最高評価の3つ星を獲得しています。鎌倉では北鎌倉の東慶寺も3つ星を獲得しています。どちらも美しいお寺です。




宗派:臨済宗建長寺派

山号寺号:功臣山(こうしんざん)報国寺
建立:建武元年1334年鎌倉幕府滅亡の翌年です。
開山:天岸慧広(てんがんえこう)
開基:足利家時(あしかがいえとき)

足利家時は開基ですがずっと以前(1285年頃)に亡くなられてます。足利尊氏の祖父にあたる方です。家時は三代のうちに子孫に天下をとるように「置文(おきぶみ)」を残して自害した方です。結果として孫の尊氏が天下をとりました。不思議な話しです。


【本堂】

本尊は釈迦如来坐像です。

釈迦如来坐像の右側に聖観音菩薩立像(しょうかんのんぼさつりゅうぞう)が安置されており普段は未公開ですが本日は御開帳されており本堂にあげて頂き礼拝させて頂きました。


【釈迦如来坐像】と【聖観音菩薩立像】

HPより画像はお借りしました。


聖観音菩薩立像は鎌倉三十三観音の十番札所です。観音菩薩は様々な姿に変身し、生きる人々を救いながら如来になるために修行している仏のことを指します。



【社務所】

本堂の左手に社務所があり、ここで「竹の庭」への入場料400円を納めます。竹の庭の中にある「休耕庵(きゅうこうあん)」で抹茶を頂く場合は600円を納めて「抹茶券」を頂きます。


【枯山水】

ベンチに座ってゆっくり枯山水を味わうことができます。





竹の庭の入り口に円形広場があり五輪塔と石仏が迎えてくれます。苔が良い味わいです。


円形広場の先の崖にやぐらがあります。


このやぐらには開基(創建者)足利家時(いえとき)と四代鎌倉公方(かまくらくぼう)足利持氏(もちうじ)の嫡子義久(よしひさ)の墓と言われてます。


鎌倉公方とは室町幕府を開いた足利尊氏(たかうじ)が設けた役職です。日本の西には室町幕府将軍がおり、東を統治するために鎌倉に鎌倉公方を置きました。鎌倉幕府滅亡後も鎌倉は武士を統括する上で重要な土地でした。将軍も鎌倉公方もどちらも足利一族が世襲しましたが仲が悪く四代鎌倉公方・足利持氏の時に室町幕府将軍と争いになり関東の足利一族(持氏・義久)は滅ぼされてしまいました。



【竹の庭】

そんな争いがあったことなど微塵も感じさせない美しい竹林が続きます。

約2000本の孟宗竹が管理されています。


頭上を見上げても竹からこぼれる陽の光がとても美しいです。


竹と竹の間隔も管理されているように見えます。


【休耕庵(きゅうこうあん)】

竹の庭の中にある休憩所です。社務所で購入した抹茶券が必要です。


抹茶と干菓子、報国寺のパンフレットが頂けました。

抹茶も美味しかったですが、干菓子の上品な甘さと口溶けが絶品でした。


竹林の中に苔むした石と石仏がなんとも風情があります。


【鐘楼】

報国寺で最も古い建物で1757年に造られたそうです。


【五輪塔群】

ここは鎌倉幕府滅亡時の戦いで亡くなった鎌倉幕府軍、新田義貞軍の兵士の亡骸が祀られている場所です。当初は由比ヶ浜に葬られていたものをここで供養したそうです。鎌倉幕府滅亡時に鎌倉周辺での戦死者の数は6千人とも言われてます。


1416年〜1417年に起きた上杉禅秀(ぜんしゅう)の乱で亡くなった兵士も後年祀られたそうです。


この五輪塔群は忘れずに足を運び、合掌して頂きたい場所です。


仏様が見守ってくださっています。




【御朱印】

見事ですね〜!

聖観音菩薩立像は鎌倉三十三観音の十番札所本尊。

普賢菩薩坐像(ふげんぼさつざぞう)は鎌倉十三仏第四番札所本尊です。


報国寺は美しい竹林だけでなく、鎌倉幕府滅亡時や室町時代の戦で亡くなった多くの人々の供養をしている鎌倉らしいお寺でした。戦で命を落とされた多くの皆様には安らかに眠って頂きたいです。


報国寺には外国の方も多くいらっしゃいましたが開門の9時に訪れたこともあり、ゆったりとお寺の雰囲気に浸ることができました。やはり鎌倉は朝がお勧めです。