メンタルヘルスの充実が求められているのに精神科医療をめぐる不思議な現象 | 権力とマイノリティ

メンタルヘルスの充実が求められているのに精神科医療をめぐる不思議な現象

 日本の精神科医療について考えるとき、世界的に見てきわめて特殊な事情にあることを踏まえて論じなければならない。OECDのデータによると、精神科ベッド数の変化を見ると、他の国々のベッドが急激に減っていった時期に日本だけ増えているのだ。日本が世界の流れから大きくとり残されたために、世界一の「精神病院大国」になった。いまだにその事態から大きな変化はない。

 先進国が精神科医療を病院という収容施設から地域中心へと転換した時期(1970年代)に、日本では精神病院を増やした。そして、医師は一般診療科の3分の1、看護職員は3分の2という「精神科特例」と言われる一般病院と差別された医療でよしとされた。そして、精神障害者の長期入院を精神病医院が担うことになり、医療が福祉の肩代わりをしてきた。

 最近、メンタルヘルスに対する意識の高まりがあり、自殺者の多くが罹患していると言われるうつ病に対する関心の高まりなど、さまざまな精神疾患に対する精神科医療の充実が求められている。そうした中で、なんとも皮肉な精神科医療をめぐるふたつの報道があった。

 ひとつは総合病院から精神科病棟が減少しているという。「精神病院大国」とは、単科の精神病院がきわめて多いという特殊な日本的な医療事情なのだ。総合病院にこそ、精神科医療の充実が必要だというのに。
 もうひとつは精神科医療だけでなく、高齢者医療についても言えることだが、療養病床を減らし、病院から在宅へという政策シフトが行われている。最近、後期高齢者医療制度が問題になっており、「姥捨て山」医療制度と批判されているが、精神障害者の長期入院は、精神病院が「姥捨て山」だったのである。
 そこで、精神障害者の退院を促進しようという施策は、とてもよいことなのだが…。精神障害者の地域における福祉を怠ってきて、いきなり退院促進というのは、どういうことなのだろう。障害者の中でも身体障害者と比べ、精神障害者の福祉は遅れている。それに加え「障害者自立支援法」という悪法で、障害者の生存権すら危うい。

 社会的弱者は、生きていくことが出来ない政策が次づき、まかり通っている。この国では、憲法二十五条の生存権すら危ういのである。
 
●朝日新聞 05月29日
【精神科医、総合病院離れ 病床2割減、閉鎖も相次ぐ】

http://www.asahi.com/health/news/TKY200805290156.html

 地域の中核病院などの総合病院で、医師不足から精神科病棟の閉鎖が相次いでいる。02年から4年間で、精神病床がある病院数は1割、病床数は2割近く減った。総合病院の精神科は、通常の治療だけでなく、自殺未遂者やがん患者の心のケアなど役割が広がっている。事態を重く見た関係学会や厚生労働省は現状把握の調査を検討している。

 日本総合病院精神医学会の調査によると、02年に272あった精神病床を持つ総合病院は06年末に244に、病床数も2万1732床から1万7924床に減った。調査後も休止したり診療をやめたりする病院が続いている。
 廃止になっているのは主に地方の公立病院だ。自殺率が12年連続全国1位で自殺予防に取り組む秋田県でも、精神病床がある八つの総合病院のうち、3カ所が入院病棟を閉鎖中。非常勤で維持してきた外来診療も、大学医局の医師引き揚げで厳しい状況にあるという。宮崎県では、四つの県立病院に十数人いた精神科医が昨年末に3人になった。

 精神科専門の医師数は微増傾向だが、厚労省調査では、この10年で診療所と精神科病院に勤める医師数は増加したのに対し、総合病院などは1割減。夜間休日の救急対応などの忙しさから敬遠されたとみられる。また、他科より診療報酬収入が少なく、経営側に負担感が大きいという。
 厚労省は、精神障害者が入院中心から脱して地域で生活できるよう単科精神科の病床数削減の方針を打ち出した。一方、自殺未遂で入院した患者を精神科医が診察すると診療報酬が加算されたり、がん対策基本法で緩和ケアチームに精神科医の関与が求められたりと、総合病院での精神科医の役割は増している。

 水野雅文・東邦大医学部教授(精神医学)は「イタリアは精神科病院を全廃し、代わりに全総合病院に精神病床を置いた。日本は、精神科病院の病床削減は進まず、総合病院の病床が減るという正反対のことが起きている。総合病院の精神科医療の診療報酬を手厚くするなどの対策が必要だ」と話す。(佐藤陽、和田公一)

●キャリアブレインニュース 05/30 18:03
【精神科患者の支援、人手不足】
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16329.html

 アルツハイマー病や統合失調症などで「精神病床」に入院している患者の退院促進策や地域の支援体制などを議論している厚生労働省の「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」(座長=樋口輝彦国立精神・神経センター総長)がこのほど開かれ、精神障害者を支える「精神保健医療体系の現状」をテーマに意見交換した。委員からは「准看護師には病院からの訪問看護が認められていないので、もっと准看護師の活用方法を考えるべき」「システムをつくっても動かない。マンパワーが足りない」など、人材確保の必要性を訴える意見が相次いだ。
 検討会は、2014年までに見直しを図る「精神保健医療福祉の改革ビジョン」に基づいて、「後期5年間」の重点的な施策を09年9月に策定する必要があるため、今年4月に設置された。

 3回目となった5月29日の会合で、厚労省側は「全体的な具体像を示すには至っていない」と前置きした上で、精神障害を抱える人たちを支援する体制(精神保健医療体系)のアウトラインとして、▽相談体制▽入院医療▽通院・在宅医療▽医療体制・連携▽質の向上ーの5つの柱を示した。

 「相談体制」では、02年に保健所が実施した「精神保健福祉相談」を利用した「被指導延人員」が02年から05年にかけて減少する一方で、市町村の「被指導延人員」が増加に転じていることや、保健所が市町村から受ける相談内容として「困難事例の解決」が99.5%を占めていること(07年厚生労働科学研究)などを示した上で、今後の課題を提示した。
 具体的には、▽精神保健福祉センターや保健所、市町村などの行政機関と医療機関の役割分担▽行政機関内での役割分担▽障害者自立支援法などの「精神障害者福祉」に関する相談体制と、「精神保健」に関する相談体制との関係—などを整理する必要があるとした。

 「入院医療」では、精神病床に入院している患者約32万4000人(05年)のうち、約19万6500人(同)が統合失調症であることや、55歳以上の入院患者が増加しているとのデータなどを示した上で、精神病床の機能を病期(急性期、回復期、療養期)に応じて分けることや、疾患(統合失調症、認知症、うつ病など)に応じて入院の機能を分けることなどを提案した。
 「通院・在宅医療」では、精神科デイ・ケアなどの利用状況や、訪問看護の効果などを示した上で、症状に応じたデイ・ケアの機能分化や、精神科の訪問看護をさらに普及することなどを提案した。

 「医療体制・連携」では、精神科の救急医療体制の整備状況や、各都道府県が策定する「医療計画制度」の見直しなどを示した上で、「精神科救急医療体制の充実」や「精神医療における病院と診療所の機能とその分担」など、6つの課題を提示した。
 「質の向上」では、抗精神病薬の処方で日本は欧米に比べて「3剤以上」が多いことや、精神科病院に勤務する准看護師が1999年(3万9622人)から2005年(3万7090人)にかけて減少していることなどを示した上で、今後取り組むべき課題として、薬物療法と精神医療にかかわる人材の確保などを挙げた。

 質疑で、小川忍委員(日本看護協会常任理事)は財源や人員の問題に触れながら、「精神障害だけが別格という議論をしてきたが、看護師の配置などを一般病床と同じベースで考えるべきだ。『精神は別格だ』という特別視が差別や偏見につながっている」と指摘し、人材確保に焦点を当てた議論を求めた。
 広田和子委員(精神医療サバイバー)は「ベッドが足りないし、医師は不足している。精神科のクリニックは『協力する』という手ぬるいことを言わないで『参画する』ということを打ち出すべき」と強調。長野敏宏委員(特定非営利活動法人「ハートinなんぐん市場」理事)は「人材の再教育、再配置が大事。准看護師には病院からの訪問看護が認められていないので、もっと准看護師の活用方法を考えるべきだ」と要望した。谷畑英吾委員(滋賀県湖南市長)も「システムをつくっても動かない。マンパワーが足りない」と述べ、人材確保の必要性を強調した。