
ジョジョを読んでいると、いつも思います。
善悪とは
運命とは
幸福や希望とは
ジョジョは商業的漫画の枠を超えた、『連続絵画と物語と哲学のアート』であると感じています。
ジョリーンは死にました。承太郎もアナスイもエルメェスもウェザーも。 エフエフも。
しかし、彼女らが繋いだ希望がエンポリオ少年をして決着点へと結びつけました。
たった一個の人間が身勝手な状況へと他人を巻き込むこと。人間の魂をないがしろにする行為は非道です。しかし、ヒトによりモノの捉え方の違いがあるのも真実。
だから争いが絶えない。
葛藤が生まれる。
悲しみが湧いてくる。
だからこそ喜びへの希望が意義をなす。
人の心は弱く、傷つきやすいから運命を信じたくなる。
しかし、今も刻み続ける時の先はまだ誰も踏み込んでいない未知の領域である。難しいことだが己を信じれば道は開けるはず。そう信じたい。
他人の魂を傷つけることを厭わない呪われた魂よ去れ。
そして絶望よ希望へ変われ。
新月の時…プッチ神父による時の加速は…
2012年3月21日からとなる。
人類の生き残りをかけた試練は始まってから数百万年から数千万年経っている。それには、絶滅という結末が必ずあるのだろう。
人類が積み重ねてきた技術力の加速が、まるでスタンド『メイドインヘブン』であるかのようで怖い。
数百年分のエネルギーが開放されて起きた大震災を目の当たりにした今、自分が生きている間に何が起きてもおかしくは無いと思うようになった。
息子の人生に希望あることを。これが私の希望であり、生きる意味です。